「ゲニウス(北)の北海鉄旅いいじゃないか」

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東京を目指す旅 ~この坂を越えて~(平成29年3月4~10日)

1日目(平成29.3.5) 8/8ページ「比立内・マタギの宿」

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午後5時40分ころ、阿仁マタギ駅にて、宿に向かうべく列車待ち中。この後は、来た道をふた駅だけ戻って、比立内で一泊です。

(実質)初日にして盛りだくさんの一日でしたが、あとは宿に行くだけとなりました。……いや、まだ終わっていません。その宿も、この日のメインの一つなんです。

普段のボクは、宿では素泊まりで、しかも滞在時間が少ないため、安さ最重要視で宿を決めます。でも、この日はまったく違う理由で宿を選びました。

しかも、翌日の日程を考えると、ふつうは角館か大曲あたりに泊まるところですが、あえて比立内を選びました。

そう、ボクはこの日泊まる宿を、珍しく「宿自体の魅力」でもって決めたのです。


5時42分、鷹巣行き……のはずが一部区間不通の影響で阿仁合行きになってしまっていた列車が入ってきました。車両は先ほどの急行もりよし3号の折り返しでした。

今度はふつうのワンマン列車として運行されており、アテンダントの乗務はありません。というか車内はかなり閑散としていて、せっかく犬っこ列車やおひな様列車としての装飾があるのにさみしいものでしたが、考えようでは内装写真撮り放題じゃないですかヤッター!(笑)

次の次の駅で降りるので、乗車時間はたかだか10分。渓谷の景色を見たり、その写真を撮ったりしていると、あっという間に到着。

5時50分ころ、比立内駅で下車。宿の方が駅から送迎してくださるという話だったので、駅舎ではすでに宿のご主人が待っていました。

車に乗り込んで、宿に向かいます。宿までは1分程度の短い距離。


ではお宿紹介です。今宵の宿は、松橋旅館さんです。

なぜ角館や大曲で安宿を探さず、この宿を選んだか。理由は二つあります。

まず一つが、この宿がマタギの宿であるという理由です。先代のご主人が先祖代々マタギをなさっていた方だったということで、この宿に泊まることでマタギ文化に触れることができるのです。

そもそもこの地域を旅することを決めた理由の一つが、マタギ文化に興味があったという点。それなら、マタギ資料館だけを見るのではなく、もっとマタギのことを知りたいと思うのが旅人心理です。だから、さらに南を目指す旅ではありますが、あえて秋田で時間をとったのです。

そしてもう一つが、この阿仁という地域がどれほど豊かなのか、知りたかったからです。

松橋旅館さんは、食事に力を入れているお宿です。秋田の内陸というと、交通や経済の面から言うとどうしても「不便」「田舎」というイメージのある地域ですが、山が育んだ豊かな食という大きな魅力があります。その豊かさを、この宿では存分に知ることができると考えたのです。

実は今回のこのお宿、当サイトの「リンク」のコーナーからリンクしている「以久科鉄道志学館」様というサイトで紹介されており(宿名の明示はありませんが、比立内にあるマタギの宿といったら松橋さんしかありません)、管理人である和寒様がお泊まりになった際、宿の食事を通じてこの地域の豊かさを強く感じたようです。

そのエピソードに関して、和寒様は次のようなことをお書きになっています。

「この地に人影が少ないのは確かである。だからといって、この地が恵まれないわけではない。むしろ、この地の佳さを認め訪れる者の少なさをこそ、憂うべきであろう。都会に住む者は、経済指標に律せられ、人間生活の根源を忘却してしまったのではあるまいか。」

(中略)

「比立内の豊かさ佳さは正当に認められていない。しかしそれ以上に憂うべきは、この地の豊かさ佳さに気づかない、観光客の晦さと鈍さである。考えようによっては、こちらの方がよほど不幸である。観光ガイドに載らないから、パッケージ・ツアーに含まれないから。そんな単純なことが基で選択の範囲をやすやすと狭めてしまう。観光ガイドやパッケージ・ツアーを編む者の判断に、全てを委ねてしまう。これこそ経済活動の真髄、といってしまえばそれだけのこと。裏返してみれば、人間生活に奥深く食いこむ病理でもある。」

※引用元:「豊かな山に人影少なき~~秋田内陸縦貫鉄道」(URL: http://www.geocities.jp/history_of_rail/akinai/00.html)、『以久科鉄道志学館』、平成29年5月14日閲覧

こんなことを書かれたら、(自称)旅のプロであるボクが行かないわけにはいきません。

ボクがツアー旅行をせず、旅行会社や旅行ガイドが紹介しないような観光地を含んだ旅程を自分で組んで、個人旅行をしているのは、そうしたマイナーな、しかし豊かな「地域の光」を求めてのことだったはずです。しかし実際はどうだ、ボクは自分で旅程を決めると言いながら、結局は大部分の旅程を旅行会社や旅行ガイドの情報に頼っており、(他人とは観光の視座が違うとはいえ)有名観光地ばかりをなぞり、より豊かな地域を無視してきたのではないでしょうか。

ボクが旅行にこれほどの価値を置くのは、単純な経済指標だけでは見えてこないような、そして札幌という都会に住んでいては感じられないような、地域社会や人間や大自然、そしてそれらの相互連関が生み出す、物質的な豊かさとは別の何かを得ることで、「人間が目指すべきものは何なのか」を自分なりに考えるためだったはずです。であるならば、絵葉書の風景を見てB級グルメを食べるだけの旅で満足していてはいけないのではないでしょうか。

これは「卒業旅行」です。すなわち、ボクが旅の哲学と信念のすべてをかけて行う旅行です。そうであれば、比立内という地を聞いたことがありながら、比立内を訪れずしてこの旅を「卒業旅行」として位置付けることができるでしょうか。

……といういきさつがあって、松橋旅館さんに宿泊を決めたわけです。

超絶品! 阿仁の山菜料理

車を降りて宿に入ると、先代のご主人の奥様が迎えてくれ、部屋に案内されました。今回のお部屋は和室6畳間で、風呂・トイレは共同です。ボクの場合、普通の部屋というのが、何やかんや一番くつろげます。

で、ボクはさっき温泉に入ってきたので、この日はもう入浴するつもりはなかったのですが、宿に着いたらお風呂が沸いていました。他に宿泊客はいなかったようで、ボクのために沸かせたようなものなのに。あぁ、もったいない。Webサイトに「宿に温泉はないのでどこかで入ってくるよろし」との旨記載があったのでそのようにしたのですが、それにしても「温泉入ってから来るのでお風呂は入らないです」と一言言っておけばよかったです。

宿の方とボクしかいないわけで、宿は清閑そのもの。「隠れ家的な宿」のような雰囲気が漂っていました。この宿は渓流釣りを楽しむ人が多く宿泊する宿とのことで、シーズンオフの冬季はあまり宿泊客がいないようです。

部屋に荷物を下ろして、少しばかり休憩。しばらくすると「食事の準備ができたよ」と声をかけられたので、部屋を出て食べに行きます。


さあ、噂の夕食です。

ボクだけのために用意された机には、小鍋を中心にとりどりの副菜が並んだ、豪華な御膳が待っていました。

思えば、当サイトの旅行記はホント素泊まりばかりで、こうして宿の食事を大々的に取り上げるのはなかなかありませんね。予想は裏切るけれど期待は裏切らないのがゲニウスの旅行記でございます。

などと考えているうち、ご飯とみそ汁も登場して夕食メニューが全員集合です。それでは、実食とまいりましょう。

まず全体的な食事内容を見てまいりましょう。種々の山菜に、ハタハタの塩焼き、さらに小鍋には鹿肉。かな~りヘルシーなメニューでございます。

山菜やきのこは非常に味がよく、よく噛んで食べると奥ゆかしいおいしさをたっぷり楽しむことができました。……というか、食感がしっかりあるものが多いメニューなので、自然と噛む回数が増えてきます。実に健康的ですね。

山菜などを味わううち、鹿肉がいい具合に蒸せてきました。鹿肉は前年秋に道内で食べて以来2回目の実食となります。以前食べた時も思ったことですが、鹿肉は慣れてしまえば普通のお肉です。まあ慣れることができない人が一定数いることは事実ですし、それは仕方ないことかとは思いますがね。

このあたりの素材は、まさにこの秋田内陸の産物なのではないかと思います。非常に新鮮だと感じたので、「地物かな」と推測しつつ食べていました。

一方、ハタハタは海の幸です。北海道でも出回ってはいる魚ですが、今まで食べたことはなかったものです。秋田県はハタハタの一大産地にして一大需要地といい、ハタハタは県魚にもなっているそうです。ここで食べたハタハタは、おそらく男鹿あたりから仕入れたものかと思います。

何と言っても特徴的なのが、メスのハタハタが持っている卵。これはブリコと呼ばれ、強い食感と、凝縮された旨さが魅力です。身ももちろんいいのですが、それ以上にブリコが(二つの意味で)印象に残りました。

秋田の山海の幸を楽しめる食事で、素材も、調理も、味付けも本当にすごい。結構な勢いでご飯が進みまして、予定より多くお米を食べてしまいました。

もう本当においしくて、「スゴイ」しか感想が出てきませんでした。

質だけでなく量の面でも充実したメニューだったので、食べ終わる頃にはかなり満腹。そのうえよく噛んで食べていたので、完食まで30分くらいかかりました。


確かに、この食事からは「豊かさ」というものをこれでもかと感じることができました。これだけの食事を札幌で得ようとなると、相当(時間もしくは金銭の面で)頑張らなければならないでしょう。この比立内という場所では、札幌では簡単には得られないものを、得ることができるのです。

都会では味わえないか、金や労力を相当注ぎ込まないと味わえないような、そして都会のそれとは異なる色をした「豊かさ」が、確かにそこにはありました。自然の力、そして自然と人とのかかわりが生み出すその豊かさは、今までの旅でわかっているつもりではありましたが、この食事で「本物の豊かさ」を初めて体感し、強く感動しました。

秋田には、ボクが欲しいと思っていたものがあるようです。秋田という地域が、また好きになりました。

マタギの息吹

夕食後は、マタギの文化や歴史などに触れる時間とします。

松橋家が使っていたマタギとしての狩りの道具や衣服などが展示されていました。文化財にも指定されているといいます。文化財がある宿というのも凄いものです。

なお、一部の道具などは先ほどのマタギ資料館に寄贈したとのことです。

別の部屋には、かつて獲ってきたという熊の全身の毛皮を使った敷物がありました。外身だけとはいえ、本当に体全体です。サイズはちょっと小柄なので、ツキノワグマでしょう。

実際に獲物を触るというのも凄い体験です。多くの宿泊客がここに寝そべったり座ったりしてきたのでしょう、皮はセンベイと化していましたが、肌触り・手触りは熊のそれそのものでした。

で、先述の和寒様など、松橋旅館さんを紹介するあちこちのサイト様にならって、毛皮に寝そべってみたり。

他には、マタギに関する書籍が置いてあったので、適当に2~3冊手にとって、なんとなくスキミング(大事そうな文言だけ拾い読み)してみました。本棚には、ほぼマタギ関連のものしかありませんが、ことマタギに関しては図書館ばりの数が揃っていました。

マタギの独特な文化を垣間見ることができたほか、マタギの中には遠征をする「旅マタギ」がおり、各地にマタギ宿があったことを知りました。


などとやっていたら、時刻は9時をまわっていました。さらに荷物の整理や、この日あった出来事のメモ(この旅行記のもとになっています)などをしていたら、あっという間に夜が更けていきました。

そろそろ寝ないと、大変なことになっちゃいます。

……と書けば、当サイトの愛読者であれば、ボクが何を言わんとしているかはお分かりでしょう。

端的に申し上げましょう。明日の1本目の列車は5時21分発です。

ええ、もちろん「午前」5時です。

したがって、明日は4時半起きです。

これ以上言葉を費やす必要はありますまい。というわけで布団にくるまって電気を消します。

そういえば、当サイトの旅行記では、宿では布団よりベッドの方が多いですね。ドミトリーが多いですからねえ。

でも、布団も好きです。やっぱり、どことなく落ち着くんですよね。まあ自宅ではベッドなんですけども。

そんな感じで、就寝することにします。本当に楽しい一日で、前日の函館と合わせて2日だけでもう大満足の領域まで来ちゃってて、ここで旅を終わってもじゅうぶん充実の旅と言えるレベルですが、これは「卒業旅行」です。まだまだ先に進んで、旅をよりよいものにしなければなりません。しかもこの旅は「東京を目指す旅」です。もっと南に行かないと目的を果たせません。しっかり寝て、そのための英気を養うとしましょう。

疲れが相当きていたので、あっさりと眠りに落ちました。夜行スタート、しかも過去最大級の体力系旅行とあって、ボクには珍しく一泊目から熟睡です。

さて、これにて「1日目」終了。明日はさらに南へ――

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