旅行記2日目 出羽神社 / 東京を目指す旅~この坂を越えて~ - ゲニウス(北)の北海鉄旅いいじゃないか
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東京を目指す旅 ~この坂を越えて~(平成29年3月4~10日)

2日目(平成29.3.6) 5/7ページ「出羽神社」

出羽三山神社

雪に閉ざされた羽黒の参道を命がけで登りきったボク。時刻は2時を過ぎており、かなり時間がおしています。疲れきった体にムチを打ちまくり、目的地である出羽神社へと足を運びます。

とりあえず何かがありそうな方向に行くと、手水舎がありました。ということはこっちでオーケー。手と口を清めて(ホントは全身清めたいくらい汗だくですが、まあ仕方なし)、他の参拝者について、鳥居をくぐり、神社へ。

社殿と思われる建物はありましたが、さてどこにお詣りすればいいやら。出羽神社には羽黒三山すべての神を祀るので、掛札が三つあるところに行けばいいのですが、建物は冬囲いされており、なんもわかりません。

とりあえず建物の奥に道が続いていたので、それに沿って進みます。積雪が多く、一部区域は立ち入り禁止となっていたため、道が一本道になって、かえって助かりました。

突き当たりにあった建物の中に入ると賽銭箱があったので、そこに参拝。掛札が見当たらず、もうどこでもいいからお詣りだ、くらいの感じでしたが、後で聞いたことには掛札が冬囲いで見えなくなっていただけで、そここそが最大の目的地であった「三神合祭殿」で間違いないようです。

その後、日本で三番目に大きいという大鐘を横目に見つつ、別の建物に移動。そこではお守りを購入しました。

積雪と冬囲いのせいで、山頂は事前に見ておいた写真と違う光景となっており、かなり戸惑いました。時間もなく、半ばヤケクソでの参拝でしたが、目的はキッチリ果たせていたようです。


この出羽神社は、明治時代の廃仏毀釈によって建立されたものだそうです。ただ、元々羽黒山にあった信仰は神仏習合の側面が強いものでした(修験道という教え自体にそのような側面があります)。

廃仏が行われる前、山上にはお寺があったと言います。五重塔があったのはそれが理由です。

さて、今回の参道「登山」は、まさに苦行そのものでした。修験道という教えを体現するかのような道のりを経て、苦行によって得られるもの、すなわち羽黒権現の教えを、ほんの少しだけ垣間見ることができた……のかもしれません。

……というか、修験道というのは本来密教の要素を多く含んでいます。こんな風に不特定多数の方がお見えになるWebサイトでベラベラ語るというのは、どうなんでしょう……。


参拝とお守り購入を終えた時点で、時刻は2時15分。バスの時間まであと5分。急いで引き返します。

とりあえず走り出しましたが、地図を見る余裕がまったくなく、本当にバス停の方向に向かっているのか怪しい状態でした。

雪かき中の方にバス停の場所を聞いたところ、方向は合っていました。お邪魔してすみません……。

この時点で残り時間は3分を切っていました。ただ、そこから1分ほどで乗り場に着いたので、バスには間に合いました。

バスにはご年配のグループ? が乗っていて、運転手さんと談笑していました。運転手さんは発車時刻になってやっとバスのエンジンをかけました。のどかな雰囲気です。

バスは駐車場を出ると、山の中腹から続く「羽黒山有料道路」を通って下山していきます。こういう道路の建設は環境や景観の破壊、そして羽黒山の場合は参道の荒廃なんかを理由に反対意見が多そうですが、今回ばかりはこの道路に救われました。もし道路がなかったら、もしバスがなかったら……、あの参道をもう一回、しかも今度はより危険な下りで、ということに……。

いや待てよ、仮に道路なかったら山頂へは参道しかないワケで、だとすればもっと除雪がしっかりしていただろうから……

……まあいいや。この話はやめましょう。

有料道路から見える景色も、参道のそれと同様、素敵なスギの山林に、緑の庄内平野。そうは言っても、登山したうえに急いでバスに駆け込んだわけで、息が切れており景色を見る余裕はあまりないのが辛いところ。

右に左にと急カーブが続く道路を、バスは安全運転で通り抜けていきます。有料道路区間を出た後も、やはりワインディングロードが続きました。

15分ほどで、「いでは文化記念館」バス停に到着。ここで下車します。

いでは文化記念館

羽黒山の観光(……というか修行というかなんというか……)を終えて、手向に戻ってきたわけですが、続いては前々頁で名前が出た、そして今バスを降りたバス停の名前にもなっている、「いでは文化記念館」を見学します。

……と思いましたが、ちょっと思うところがあるので、一旦随神門の前まで戻ります。

先ほどの決死行で、ボクは相当体力を使いました。しかし、この日の昼食は「麦切り」なので、要はうどん一杯と同程度のカロリーしかとれておらず、バッグの中には食べ物(非常食除く)が入っていません。

しかし、ちょうどこの随神門の近くにお菓子屋さん「亀屋菓子舗」がありました。ここで何かお菓子を買い食いして、取り急ぎカロリーと糖分を補充しようと思ったわけです。

買ったのは、「羽黒山」「湯殿山」というように出羽三山の名前が刻まれた「羽黒もろこし」です。

もろこしが無い地域もあるそうなので一応説明いたしますと、もろこしというのは小豆粉などを固めたお菓子で、食感は最初は固いのですが、口の中でサラサラと小さな粒になって、甘さが広がるという品でございます。まあボクも今までぶっちゃけ原料とか知らずに食べてましたが。

地域オリジナルの商品ということで購入しましたが……、正直カロリーがとれそうなのはどれかな、という風に選びました。

ほどよい甘さで、非常に食べやすいもろこしでした。こういう昔ながらの味というのも大好きです。とりあえず小腹も満たしたので、もう少し頑張れそうです。


今度こそ、いでは文化記念館に入館します。入館料は大学生300円。またしても館内の写真なし。やばい、撮れ高が……。

「いでは」の名称はもちろん山上の「出羽(いでは)神社」から来ていると思われますが、パンフレットによればドイツ語の「idea」の意味も掛けているそうです。オシャレですね。

さて館内ですが、出羽三山の信仰すなわち修験道についての展示――山伏修行の様子など――や、出羽三山の歴史や文化などについての展示が主となっています。

羽黒山などの出羽三山は昔から人々の信仰を集め、その中で山伏を中心とした文化が形成されていきました。この施設では、そうした文化について学ぶことができます。

最も力の入った展示が、祭事の様子を再現した人形や写真です。三山ではさまざまな祭事が執り行われますが、修行の一環として行われるものや、豊作などを祈る神事など様々です。展示では、そうした行事の様子を垣間見ることができます。

ほか、五重塔に関する解説もありました。羽黒山のものだけでなく、全国の五重塔を紹介していました。

……ただ、正直な話、見学時間が十分に取れない状況だったので、あまり印象に残っていないのが悲しいところ。時間は1時間以上あるのですが、そのうち20分以上を休憩に充てる必要があるほど疲弊していたので、やむを得ません。ホントに、こんな目に遭うのは想定外だったのです。

また、それだけ疲れた状態で展示を見ていたので、十分に集中力を持てない状態だったために、頭に入る量が限られてしまいました。天気のことを考えると文化記念館と参道の順序を入れ替えたのは正解でしたが、こういう形で「コラテラル・ダメージ」が出てしまいました。ハードスケジュールの中でも展示見学をしっかり楽しむために、最低限の体力的余裕は残した旅程を組むよう努めているのですが、今回は想定外の事態なので、こういう状況となってしまいました。


二階にも展示があるので、疲れた足に活を入れて上に上がります。

二階の展示は、まず一つがかつての参道を写した写真です。

時代の移り変わりとともに、様子が変わっていくのが見て取れます。その中でなくなってしまうものもあり、無性に悲しさを覚えましたが、信仰という軸があれば、出羽三山自体が廃れてしまうことはないのではないかと思います。信仰というものは科学うんぬんを措いておいて、人間社会に必要なものだと考えていますが、それを守っていく役割を出羽三山にはこれからも担ってほしいです。

もう一つは、三山で採れる薬草です。出羽三山は単に霊場であるだけではなく、お昼に飲んだジュースの原料であるブルーベリーや、人々の体を健やかな状態に保ってくれる薬草という形で、人間に恵みを与えてくれる山でもあるのです。三山で修業を行う山伏も、それらの薬草を活用するのでしょう。

何でかは知りませんが、ぶっちゃけこの展示が一番記憶に残っているというね。

いで湯を求めてバス移動

文化記念館を一通り見た時点をもって、今回の羽黒山訪問は終わりです。記念館の館内には休憩コーナーがあるので、そこで長めの休憩をとった後、次なる目的地に向け移動します。

その目的地ですが、庄内屈指のいで湯・湯田川温泉です。

移動手段は先ほど同様に庄内交通のバスです。鶴岡の街まで戻って、バスを乗り継いで湯田川温泉に向かいます。なんかバス旅っぽくなってきましたね。

ところが、です。「JR時刻表」によれば、この後乗る予定の鶴岡エスモール行きのバスは、鶴岡駅前16:40着。一方、湯田川温泉方面のバスは、駅前16:27発。あと少しで乗り換えられない……

と、思うでしょ?

でもちょっと待ってください。前々頁でボクが申し上げたこと、覚えていらっしゃいますか。

さっきエスモールから随神門まで乗ったバスは、エスモールから「鶴岡の繁華街を経由して」羽黒に向かったのです。

ピンと来たんじゃないでしょうか。そうです、これから乗るエスモール行きも、その後の湯田川温泉方面行きも、「繁華街を経由する」のです。

繁華街の中に、「南銀座」というバス停がありますが、駅までいかずに南銀座で降りれば、湯田川行きに乗り継げるんです。ちゃんと乗り継げるダイヤ設定になってるんです、実は。

それで、ここからが庄内交通のすごいところ。

ふつう、反対方向に向かうバスに乗り換える際には、バスを降りたら道路の反対側に出なければなりません。ここでも、エスモール行きとエスモール始発便を乗り継ぐのですから、反対側のバス停に行かなきゃならないように思えます。

ところが、です。今回の場合は、バスを降りた地点で待っていれば乗り継ぎ先のバスがやってきます。

どうなっているかですが、羽黒山方面(東)から来たバスは、市街地をぐるっと時計回りに270°回ります。その途中にある「南銀座」バス停では、バスは南を向きます。一方、湯田川温泉方面(南西)に向かうバスは、羽黒からのバスが繁華街で描いたルートの一部を、やはり時計回りでなぞるように繁華街を走り、その後で湯田川に向かいます。「南銀座」バス停では、やはり南を向いています。2つの路線を合わせると繁華街部分が環状路線っぽくなっているのがミソ。

こうして、市街をぐるっと廻って乗客を拾いつつ、乗り換えにも便利な仕組みをつくっているワケです。


というわけで、まずは南銀座まで、バスに乗って行きます。

先ほどバスを降りたいでは文化記念館バス停から、エスモール行きに乗車。乗客は多くはありませんでした。

お昼の時点では晴天だった鶴岡も、4時を過ぎ、低気圧が近づいてきたために雲が刻々と厚くなっていました。

信号で停車中に、念のためバスの運転手に乗り継ぎについて尋ねます。運転手さんは親切に教えてくださり、事前に調べていた通り南銀座での乗り換えでよいことがわかりました。

記念館で椅子に座って休憩をとっていたとはいえ、まだまだ疲れは取れていない状況。車窓に広がる庄内平野の景色をぼんやりと眺めて過ごしていました。

午後4時半すぎ、バスはちょっと遅れ気味ながら、南銀座に到着しました。

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