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ウポポイ(民族共生象徴空間)訪問レポ ~アイヌ その名の煌めき~ / 北の大地のHEATな旅路・番外編

令和2年(2020年)7月12日、北海道・白老に「ウポポイ(民族共生象徴空間)」がオープン!

北海道を中心に発展したアイヌ民族について、博物館や野外展示の見学、実演・体験プログラムなどを通して、深く学び、体感することができます。

その魅力を、実際に訪問した時のレポートという形で、「北海鉄旅」流に紹介します。

※訪問日:令和2年(2020年)7月14日(営業2日目)

目次

「ウポポイ」とは?

「ウポポイ」の概要

「ウポポイ」(民族共生象徴空間)は、北海道の先住民族「アイヌ民族」の魅力を発信し、差別・収奪にさらされ消滅しかけているアイヌ文化の復興・発展を目指すべく、北海道白老町にオープンしたナショナルセンターです。

目玉は、北海道初の"国立"博物館である「アイヌ民族博物館」。アイヌが育んできた文化、歩んできた歴史を、広く、深く語る展示が並びます。

そのほか、古式舞踊などを公演する「体験交流ホール」や、伝統的な家屋などの野外展示があります。展示や実演プログラムを見学したり、体験プログラムに参加したりすることで、アイヌの世界を垣間見ることができます。

「ウポポイ」のある白老町は、かつてコタン(集落)をつなぐ海のネットワークに支えられて多くのアイヌ民族が暮らしていました。また、ウポポイのある場所に以前存在した「白老ポロトコタン」などで文化の伝承・発信が行われていたほか、町内各地でイオル(伝統的生活空間)の再生事業も行われていました。そうした下地の上に、新たな「共生社会」へのスタート地点がつくられたのです。

(なお、ウポポイの目的の一つに、「遺骨の慰霊・一時安置」があります。かつてアイヌの人々の遺骨が研究という名目で盗掘されましたが、それらを無碍にするのではなく尊厳ある形で慰霊し、またアイヌの人たちに引き取ってもらうまで一時的に保管するものです。慰霊施設は、他の施設とは離れた場所にあり、単なる見物人が建物の中に入ることはできません。)

アイヌ民族とは

アイヌ民族は、北海道を中心とした地域の"先住民族"です。

本州などを中心とした「和人」の文化とは違う、狩猟・採集などをなりわいとする文化を育んできました。北海道やサハリン南部のほか、千島列島、さらには今の東北地方にも文化圏が及んでいましたが、千島からは強制移住などによりアイヌ文化の灯が失われ、東北のアイヌも和人に取り込まれていきました。

後で詳しく説明しますが、身のまわりのさまざまなものを「神の化身」と考える独特の世界観や、「イヨマンテ」という熊の霊送りの儀式などが特色として有名です。

9秒で読むアイヌの歴史

アイヌ民族は、縄文時代に北海道周辺に住んでいた人々の子孫によって主に構成されていると考えられています(中世以降に海の向こうから来た民族ではない)。

和人は外の世界から伝来した稲作を受け入れて農耕社会を築きましたが、北海道では稲作が広まらず、狩猟・採集が中心の文化が続きました(続縄文時代→擦文時代)。

その後、和人の文明や北方文明との交易や、北方からやってきたオホーツク人との接触・交流などの中で社会が変容し、"中近世のアイヌ文化"が成立します。(他の時代のアイヌ文化と区別するため「ニブタニ文化」と呼称する専門家もいます。)

(和人の言う)室町時代ころから、和人が道南の一部を支配し、以降和人とアイヌは交易をしつつもたびたび衝突します。アイヌの勢力どうしの衝突がきっかけとなった和人に対する一大蜂起「シャクシャインの戦い」が、その最たるものです。

和人とアイヌとのかかわりは、徐々に「交流」から「搾取」へと変わっていきます。特にそれが顕著になるのは、(和人の言う)江戸時代の18世紀以降に、松前藩のアイヌとの交易が「場所請負制」という方式になって以降。場所請負制は、和人の商人が藩の家臣に代わってアイヌと交易し、利益を藩に納めるという、いわば「大商人経済」。この体制のもとで、商人たちはアイヌに不利な交易を行ったり、アイヌを悪い条件で働かせたりしたため、アイヌの暮らしがそれまで以上に脅かされるようになったのです。

さらに明治時代になると、日本を欧米列強の脅威に負けない国にするための政策として、北海道と名付けられたアイヌの大地に和人が大量に入植、開発が進みます。開拓の名のもとに農業勧奨策や同化政策、毒矢の禁止などが行われ、アイヌ民族はその土地や文化を奪われます。農業経験の浅いアイヌが与えられた土地を耕すだけで生計を立てることは難しく、貧困にあえぐ人が多かったうえ、和人による差別もおこりました。

アジア・太平洋戦争の後、日本は民主化の道を歩み、万人が平等な社会を目指すことになりますが、農地改革などによってアイヌはむしろさらなる苦境に立たされ、和人による差別も続きます。

しかし、アイヌのアイデンティティは、決して潰えたわけではありませんでした。大正デモクラシーの中で、アイヌの民族としての復権を目指す運動がおこりました。また戦後においても、失われつつあったアイヌの文化や言葉を取り戻す活動に取り組む人々がいました。

近年では、国家レベルでも変化がありました。「アイヌ文化振興法」「アイヌ施策推進法」が制定されたほか、国連による「先住民族の権利に関する国際連合宣言」の採択を受け国会で「アイヌ民族を先住民族とすることを求める決議」が全会一致で採択されました。

そうした動きの中で、差別を恐れて隠していたアイデンティティを解き放つアイヌの人が、少しずつ増えてきました。

そして、令和2年(2020年)に「ウポポイ」がオープン。それまで差別の対象として唾を吐かれ、あるいは忘れられかけていたアイヌを、再び表舞台に舞い戻らせる、そのターニングポイントとなる出来事でした。

もちろん、ウポポイができたことで問題がすべて解決するわけではなく、ウポポイによって起こった問題もありましょう。ウポポイは「ゴール」ではなく、むしろ「スタート地点」。さまざまな問題を真に解決し、豊かな「共生社会」を目指すための我々の旅は、まだ始まったばかりです。

訪問レポ① アイヌ民族博物館――膨大な展示が語る、多様なアイヌの姿

ここからは、いよいよ「実際にウポポイを訪れた時のレポ」を("和人"視点で)たっぷりとお届けします。

まずは、メインの「国立アイヌ民族博物館」。

入って驚いたのが、圧倒的なまでの展示の物量。そのボリュームたるや、パッと見の印象の数倍にも及びました。

一応、筆者は本で少しアイヌのことについて予習してから行ったんです。それなのに、展示を一通り見たら頭がパンク寸前になりました。それくらいのボリュームです。

その展示の数々が映し出すのは……、既成のイメージだけでは捉えきれない、多様でダイナミックなアイヌの姿でした。

自然とかかわる伝統社会、その奥深さ

入口の近くに展示されるのは、アイヌの言葉や服装など。日本語とは違う語彙の数々と、独特の彩りと趣を持つ繊細な幾何学文様が躍る衣服や道具が、見ているこちらを一気にアイヌの世界に引き込んでいきます。

他の場所の展示も、時計回りに室内を巡って見学。そうするうちに見えてきたのは、自然とともにあったアイヌの姿。アイヌは自然のことをよく知り、賢く活用し、たくましく生きていました。

アイヌは、動物や自然現象、病など、人の身近にあるさまざまなものが、天から何らかの使命を与えられ、姿を変えてこの世に舞い降りたものだと考えます。中でも、人の生活に深くかかわるものや、人の力ではどうしようもないほど強力な(あるいはそう信じられている)ものを、カムイ(神)と呼びます。

肉や皮、薬になる胃など、多くの恵みを授けてくれるヒグマは、「キムンカムイ」。コタン(村)を護るとされる、美しい佇まいのシマフクロウは「コタンコロカムイ」。また、チセ(家)の中央には炉が切られ、アイヌは生活の折々で火の姥神「アペフチカムイ」に祈りを捧げました。

カムイはしばしば「神」と訳されますが、カムイというのは日本語の「神」や、キリスト教における"God"などの概念とはだいぶ違います。

アイヌはカムイに祈りを捧げ、カムイはそれに応え、その使命に従ってアイヌに恵みをもたらす。アイヌはお礼に料理や道具などを贈り、それがカムイにとって「ステータス」となり、カムイはよりよい暮らしができる。このように、アイヌとカムイはお互いがお互いの世界を支える「互恵関係」にあります。また、アイヌがきちんと祈りを捧げたにもかかわらず、災厄が起こってしまった時は、アイヌは祈りを聞き入れず使命を果たさなかったカムイに抗議するのです。

カムイとのかかわりという精神世界を持ち、知恵を凝らして自然とさまざまにかかわりながら生きるというアイヌの社会は、現代の経済指標では決して計ることのできない精神的な豊かさがあります。それを垣間見ることは、現代の物質社会で暮らす我々に、何か大切なメッセージを投げかけてくれるような気がします。

「交易民族」として歩んだ歴史

単にアイヌを「自然の中で生きた民族」とだけ考えるのは、間違いだ――。展示をじっくり見ていると、このことに気付かされます。

道具などの展示をよく見てみると、アイヌは決して自然のみに拠って生きる「閉じた」民族ではなく、外の世界と広くかかわり、時に助け合い、時に対立し戦った、「開いた」民族であったことを教えられます。

アイヌは、和人とさまざまな交易を行っていました。アイヌが獲った動物の肉や皮、衣服などが、和人の文明を支えました。またアイヌも、和人からさまざまなものを輸入しました。展示されている漆器の精巧さに驚くかもしれませんが、それらは和人が造ったものです。見事な彫刻の数々も、和人から小刀を手に入れられるからこそ作れたものです。

小刀は狩りの道具を作るなど日常生活に役立てられ、漆器は儀式に用いられました。このように、アイヌ以外の文明によって作られ、アイヌの社会に渡った交易品は、アイヌの社会独自の文脈において「消化」されていたのです。和人が中国から輸入した貨幣や陶磁器で経済システムや生活文化を築いたのと、何ら変わりありません。他の文明との交流や、モノの受容から生まれるものも、一つの「文化」なのです。

また、サハリンの民族、さらにはその先に広がる大陸の文明とも交流しました。イコロ(宝刀)や装飾品などに多様な金属が使われていることは、交易の広さと深さを物語ります。元と戦ったこともあり、それを知った時はアイヌのイメージががらりと変わる音が頭の中から聞こえたのを覚えています。

歴史の流れの中で、アイヌはだんだんと和人との交易に縛られ、そして労働力化、同化と差別、と暗い歴史を歩みます。歴史の展示では、そうした中でそれでも生きるアイヌの姿を知ることができます。

あまり知られていない、「交易民族」としてのダイナミックなアイヌの姿。ともすれば「未開」の一言で括られがちなアイヌという文化は、実は複雑で奥深いものでした。このことに気付いて、今まで以上にアイヌ文化に興味が湧きました。

「伝統」を守ること、新たに「創造」すること

アイヌ文化の工芸品は、和風文化にはない独特の煌めきをまとった、緻密で美しいものであることは、広く知られる通りです。

経済産業省の「伝統的工芸品」に指定された二風谷アットゥシ(織物)・二風谷イタ(木彫)が、その代表格です。ウポポイにも展示され、あたたかみを感じる細やかな美に思わず魅かれます。

こうした貴重な文化を守り伝えることは、やっぱり大切だよなと思うところですが――

一方で、ウポポイの展示は"「守る」以外の方法論で"文化を継ぐ道もある、と教えてくれます。

伝統だけでなく、現代の要素も取り入れた創作がいろいろ展示されていて、また違う彩りを放っています。また、アイヌ文化と現代音楽を融合させ音楽活動を行うトンコリ奏者のOKIさんが紹介されています。

このほか、当時開催されていた特別展「サスイシリ 私たちが受け継ぐ文化 ~アイヌ文化を未来へつなぐ~」では、そうした「現代のものを取り入れた新たな作品」の数々が展示され、放たれる美のオーラに思わず唸ってしまいました。

故い文化の継承というと、「昔の形のまま守る」ことがイメージされがちですが、それ以外にも多様な文化継承のあり方がある、と学ばされます。故きを重んじることと、新たに創ること、その両方があることが、ある意味大切なのかもしれません。

コラム① 「和人製の道具」は展示物として不適切?

ウポポイが開業してすぐの頃に、かつて公人であったある人物が、アイヌ民族博物館の展示の中に「OK印の短刀」があることを問題視するようなツイートを行いました。これを受けて、いわゆる「ネット右翼」(ネット上で特定の国の誹謗、人種差別などの発信を行う個人・集団。必ずしも本来の意味での「右翼」ではない)が「アイヌ民族に固有のものではない、日本(和人)の業者が製造した短刀が展示されているのはおかしい」「ウポポイは怪しい、嘘を並べている」などと博物館を非難しました。

この展示は、本当に不適切であると言えるでしょうか。

筆者は、この短刀の出所など論ずるつもりはありません。本当の問題は、そもそも「アイヌ民族博物館だからアイヌ固有のものしか展示してはならない」という主張が本当に正しいものなのか、という点です。

上記に見たように、アイヌ民族は決して自らが作った品だけを使って暮らしていたわけではありませんし、それでアイヌ文化の独自性が否定されることはありません。「どの文化・民族によって作られたのか」ということは、展示として適切かどうかには関係ありません。

当該の展示を見てみると、別に「アイヌ固有の民具」の紹介展示というわけではなく、アイヌが(和人の言う)江戸時代以降に和人の下で不利な条件で働かされたことを説明するための展示です。そこに和人製の道具が出てくるのは、何もおかしくありません。

とどのつまり、アイヌ固有ではない道具が展示されていることを騒ぎ立てた件の某元公人やネット右翼は――

  • 「ウポポイはアイヌの本当の姿を展示しているか」あるいは「アイヌ文化は真正性を有するか」を正面から論じず、「アイヌ固有の道具だけが博物館に展示されているかどうか」に論点をすり替え
  • 件の短刀がどのような意図で展示されているかを取り上げず、単に「アイヌの博物館なのに和人製の道具が展示されている」と自分の都合のいいように情報を切り取る

――と、あまりにも姑息な手段を二つも用いて、ウポポイ、ひいてはアイヌを切り裂こうとしているのです。

「短刀を作ったのは誰なのか」を論じるまでもなく、そもそもが根本的に間違っているのです。

このように、事実のごく一部を切り取って嘘だらけの理屈を組み立て、論点をすり替え、非人道的な差別を正当であるかのように見せかけているというのが、件の人物をはじめとしたレイシスト、およびネット右翼の本質であると筆者は考えます。

もっとも、賢明な読者の皆様の中には、そのような人物・団体の片棒を担ぐような方はおられないと信じておりますがね。

なお、「差別主義に与さない立場」で「ふつうに」博物館を見学した一個人の感想として、展示は量・質とも充実しており、短刀のマークなど気にしていられないほどだったことを申し添えておきます。繰り返しになりますが頭パンク寸前になりました。

訪問レポ② 伝統芸能上演 at 体験交流ホール ――伝統×技術! 臨場感たっぷり「イヨマンテリムセ」

博物館の見学が終わった後は、園内各地で行われるさまざまなプログラムを見ていきます。

一番注目すべきは、やはり「伝統芸能上演」! アイヌの唄や踊りを、実際に見て・感じて学ぶことができます。

先着順に整理券を配る方式だった(令和4年=2022年春シーズン時点でも同様)ので、「これだけは外せない!」と早めに列に並び、確実に整理券をゲット。時間になったら、「体験交流ホール」に入ります。


伝統芸能上演には2つの演目があります。一つは、各地に伝わる唄・踊り・楽器演奏を幅広く紹介する「シノッ」。もう一つは、有名な熊の霊送りの儀式「イヨマンテ」を式次第に沿って演じる「イノミ」。今回観たのは、「イノミ」の方です。

※当時は「イノミ」の上演がありましたが、その後COVID-19(新型コロナウイルス感染症)の影響で、「イノミ」の開催は難しくなったようです。訪問される方は最新の情報にご注意ください。

上記「訪問レポ①」で説明した通り、アイヌはカムイが与えてくれる自然の恵みに感謝しながら暮らしを営みます。中でも肉・皮など多くの恩恵をもたらすヒグマ――キムンカムイ――は特に重要な存在で、アイヌは小熊を獲るとコタン(村)で大事に育て、1~2年後にその魂をカムイモシリ(神の世界)に感謝とともに送り返す儀式を執り行います。これが、「イヨマンテ」です。

イヨマンテは非常に大事な儀式で、何日もかけてじっくり準備した上で、「我々のコタンに来てくださり、贈り物をいただきありがとうございます。またコタンにお見えになってください」という感謝と祈りを込めて盛大に催されます。

一番重要な儀式である「イヨマンテ リムセ」は、ウポポイの前身・白老ポロトコタンで観られましたが、ウポポイの「イノミ」はその前段の儀式なども演じ、「イヨマンテ」全体の流れを追うことができるプログラムとなっています。


時間になり、諸注意がアナウンスされた後、いよいよ上演。

真新しい舞台の上で、まずはイヨマンテに向けた準備の様子が演じられます。杵をついて食べ物を準備したり、酒を濾したりする作業を、女性たちが唄いながらリズミカルにこなしていきます。

それが終わったら、いよいよ儀式へ。祈りが捧げられ、さまざまな唄・踊りでカムイをもてなします。

唄や踊りを盛り立てるは、プロジェクションマッピングによる映像演出。壁面や床面に、たとえば準備や儀礼を行うチセ(家)の内装が映し出され、まるで本当にチセの中で炉を囲んでいるように見せたり。唄や踊りを映像でアシストし、その意味やこめられた思いを迫力と臨場感をもって訴えかけたり。

「イノミ」は日本語音声による解説はありません。しかし、この映像と、入場時に配られたパンフレットに助けられることで、うっかりすると「異民族が知らない言語で踊っている様子」として、たんに「面白い」で流してしまいそうなこの瞬間を、しっかりと心で感じ、その魂を知ることができます。

唄や踊りの最中だけでなく、ふとしたシーンも要チェック。ちょっとした会話(むろんアイヌ語)だったり、唄も踊りもない祈りのシーンのちょっとした所作だったり。細部へのこだわり、そしてそこに込められた伝統へのリスペクトが、見ているこちらを祈りの世界にさらに引き込んでいきます。


そして、いよいよ「イヨマンテ リムセ」へと進みます。

踊りにこもる熱が天井を突き抜け、その血潮が見ているこちらに流れ込むようです。

ここだけ観るのではなく、ここまでの一連の流れを観てきたからこそ感じられる、この輪踊りにこもった万感の思い。

今まさに、スポットライトの当たっていないあたりにカムイが鎮座ましまし、人々に祝福され、旅立ちの時を待っている。

唄と踊りが、とうとうフィナーレを迎え。

一本の矢が、放たれる。

ここで舞台は暗転。こうして、カムイはあるべきところに帰っていきます。


パンフレット、および冒頭の説明テロップによると、これは過去のイヨマンテをそのまま再現したものではなく、スタッフ側の知識・技術向上と未来への伝承のため、あえて「創作」したものだといいます。

アイヌにルーツを持たない人も参加していると聞きます。ですが、彼ら・彼女らのアイヌ文化への愛着と、唄や踊りの放つエネルギーは、観ている方にそういうバイアスをかけさせませんでした。

思わず引き込まれてしまう演舞に、客席は万雷の拍手で応えました。「スタッフの技術向上が目的」ということは、今後もまだ進化するということでしょう。再び上演を観るのが楽しみです。

訪問レポ③ イベント目白押し! 体験・実演プログラム

伝統芸能のホール上演以外にも、ウポポイにはアイヌの暮らしや文化を「見て」「触れて」「体験して」知ることができるプログラムがたくさん用意されています。

その中で、今回筆者が参加できたプログラムを紹介します。(前述の「イノミ」を最優先としたため、時間が合わないプログラム、整理券が得られなかったプログラムが多数ありました。)

狩猟の知恵 ――仕掛け弓実演

※令和4年(2022年)夏季は開催無し。なお、仕掛けではない弓矢を体験できるプログラムが始まったようです。

かつてのアイヌ民族は、効率よくクマなどの狩りを行うために、「仕掛け弓」を使いました。

動物がよく通るところに糸を引き、動物がその糸にかかると、糸が繋がっている仕掛け弓から毒矢が放たれ、獲物を仕留める、という寸法です。

その仕掛け弓・毒矢についての解説と、実際の仕掛け弓の動作イメージの実演が行われていました。

こうして文字で書いてもあまりイメージが湧かないかと思いますが、模型で仕掛け弓が動く様子を見てみるとわかりやすいです。(筆者も、前に二風谷アイヌ文化博物館で仕掛け弓を模型で体験した時、イメージがつかめず意外と苦戦しました。)

この「毒矢を使った仕掛け弓」が、アイヌの狩猟文化をとくに特徴づけるものだったといいます。

自然の恵みをまとう ――伝統工芸実演(織り・刺繍・編み物)

次に見学したのは、伝統工芸の実演・解説プログラムです。木彫と織物がありますが、今回は整理券配布時間の都合で織物の方を見学。なお、現在は整理券無しで随時入場可能とのこと(令和4年=2022年春シーズン現在)。

木の皮をはいで、温泉や沼に漬け、柔らかくなった皮から繊維を作って織物にしていく、というのがアイヌの女性の役目の一つでした。その織物を作る様子を見学しつつ、織物に使う木や工程などの説明を受けました。

博物館では何の気なしに見ていた織物ですが、こうして見て・聞いてみると長い工程を経ていることがわかります。木の皮から繊維1本作るだけでもすごく大変そうで、それをたくさん作って織物にすると考えると気が遠くなります。

なお、この時解説を担当されたスタッフによると、スタッフは皆それぞれアイヌ語のニックネームを持ち、業務内ではその名前で呼び合っているとのこと。そういう取り組みや、工程について語っている時の目の色などから、「あぁ、やっぱホントに『好き』なんだな」というのが伝わってきました。

「好きを『好き』と言える」。当たり前のようでいて、実はそうじゃないこと。ウポポイは、それを守る砦とも言えそうです。

キレ味抜群のトークは健在! ――「コタンの語り」

※令和4年(2022年)夏季営業では、同名のプログラムの設定は無いようです。現在はアイヌの文化や生活を学べる新規プログラムが当時より充実しており、そちらに統合・吸収される形となったものと思われます。

ウポポイは博物館やホールなど大きな建物が立ち並び、ポロトコタン時代から大きく様変わりしましたが、ポロト湖畔は以前のように、イオル(伝統的生活空間)として保全されている水と緑の空間に、チセ(アイヌの伝統家屋)が立ち並ぶ風景が広がります。

そのポロト湖畔にあるステージでは、「アイヌのくらしと文化解説『コタンの語り』」が開催されます。(雨天時・冬季はポロチセで開催。)

「コタンの語り」では、おもに白老地方に伝わるアイヌ文化を紹介するトークと、同じく白老地方の伝承に基づく歌や踊りを鑑賞できます。ポロトコタン時代に行われていた解説・実演プログラムとほぼ同様の内容となっています。(訪問当時。現在は異なる可能性があります。)

前半部の解説は必聴。単なる解説パートと侮るなかれ、江戸・上方の漫談師も斯くやのキレッキレのトークショーが繰り広げられ、意外と身近なアイヌ語や、現代のアイヌ民族の暮らしについて、とても楽しく学ぶことができます。

語り手の方はポロトコタン時代から勤務されている方で、内容やトークの雰囲気も当時と同様。テンポよく繰り出されるトークは当時からとても好きで、「それを聴くためだけにポロトコタンに行きたい」と思えるほどでした。ウポポイでも変わらずのキレ味で、もう一度聴けてとても嬉しかったです。

そして後半部では、ムックリの演奏や唄、イヨマンテリムセなど、伝統芸能を幅広く実演。先ほどの「イノミ」はあくまで創作プログラムとのことですが、こちらは地域の伝承を基にしているとのことで、さらにポロトコタン時代と同様に実施しているので、比較的かつての唄・踊りに近い形での実演かと思います。

コラム② 祖母が語った昭和のアイヌ

筆者の祖母が、子ども時代に生家の近所に一時期住んでいたという「アイヌの人」について話してくれたことがあります。

昭和25年(1950年)前後の胆振地方。家族で銭湯に行くと、口のまわりに刺青をしているアイヌの人と一緒になることがあったといいます。

母親(筆者の曾祖母)に、不用意に話しかけたりしないよう諭されていた(祖母曰く、子どもだったから刺青のことを不用意に触れるような粗相をしないよう諭されたのだろう、と)こともあり、その方とは特に会話をしたことはないそうです。その方は、別にアイヌだからどうだ、刺青をしているからどうだということもなく、ふつうに入浴していたそうです。

和人の文化にはない刺青を見て、祖母は幼心に怖さを感じたといいます。

アイヌ文化においては、成年の女性は口のまわりに刺青をすることが知られていますが、その習慣が明治時代に開拓使が出した布達によって禁じられたこともよく知られています。

しかし、そのような中でもアイヌの風習は北の大地に根を張り続けました。先ほどの布達が複数回にわたって出されていることからわかる通り、自民族のアイデンティティにもかかわる長年の風習は、そう簡単に手放せるものではありません。

布達を守り、あるいは差別を恐れ、断腸の思いでアイデンティティを隠した人も大勢いたでしょう。それでも風習を捨てることなく、時代が移っても自分たちの文化を守ろうとした人たちが、確かにいたのです。

そうした風習を守った人々は、どれほどの辛苦を味わったのでしょうか。想像するだけで、胸が張り裂けそうです。

人というのは、自分(または自分が属する共同体の人々)と異質な人を見ると、違和感や警戒感、恐怖を感じてしまうものです。アイヌの刺青を見た、アイヌではない日本人は、筆者の祖母がそうであったように、その風貌に面食らってしまう人も多かったはずです。それは、本能の働きですからある程度仕方ないと思います。

でも、それを声や態度に出してしまったり、そこから差別や偏見に至ってしまうのは、人として間違っていると筆者は考えます。異質なものを受け容れ、広い視野を持って生きるということが、ほんとうに成熟した社会をつくるためには大事なのだと思います。

訪問レポ④ ウポポイのグルメ事情

ウポポイには食事ができる施設がいくつかあります。和牛をはじめとした数々の農畜産物・海産物を誇る「食材王国」白老の恵みを味わえるほか、近年注目の集まるアイヌの食文化に触れることもできます。

今回はフードコートへ

ウポポイの食事処は3ヶ所。創作料理レストランの「ハルランナ」、気軽に入れるフードコートの「ヒンナヒンナキッチン 炎」(名前ェ……)、そしてカフェ「リムセ」。

「ハルランナ」では、アイヌの文化を踏まえつつ現代の要素も取り入れた本格的な創作料理を楽しめます。なお、当日は予約でいっぱいだったので入れず。

「カフェ リムセ」では、オハウ(汁物)などアイヌの伝統料理や、ユク(エゾシカ)のカレーなどを提供。なお、今回は「カフェだから食事はないでしょ」と勘違いしていたため入らず。

ということで、消去法で「ヒンナヒンナキッチン 炎」に入店。

メニューには、「アイヌネギ」とも呼ばれる北海道の味覚・ギョウジャニンニクを使ったメニューが目立ちます。その中から「行者にんにくザンギ定食」(¥880)をセレクト。

ギョウジャニンニクの味が見事に効いているザンギはおいしかったですが、それを除いてはふつうの唐揚げ定食という感じ。手軽に食べられるメニューとしてはまずまず。

帰宅後もしばらくギョウジャニンニクのにおいが体にまとわり続けたことは言うまでもありません。

このほか白老牛のカレーなどもあったようですが、町内のお店と比べると割高感があります。

余談ですが、店名で「おや?」と思って調べてみると、この「炎」を運営する会社は、札幌などで炭火居酒屋「炎」やザンギの持ち帰り専門店「炎」を運営する会社でした。道理でザンギがおいしいわけです。

町で食べるのも一つの手

今回ウポポイで食事をしてみて、「一回町に出て食べても良かったかもな」と感じました。

白老駅周辺エリアには、白老牛や「白老バーガー」などご当地グルメを出すお店がいくつもあり、町から少し離れたところには牧場レストランもあります。ウポポイ内の食事処が混んでいる時や、手ごろな価格で白老のグルメを食べたい方、白老牛がたらふく食べたい方、アイヌ料理が口に合わなさそうと感じる方などは、ウポポイ外のお店を探すのもよいでしょう。

町内の食事処は、後日別に記事を作って紹介する予定です。

お土産にスイーツを

帰りに、エントランス付近にあるショップ「sweets café ななかまど イレンカ」に立ち寄り、「クンネチュプ(カップチーズケーキ)」を購入。

白老の卵など北海道の素材でできた濃厚な味わいがGood. お土産にも向いていてイイ感じでした。

なお、「ななかまど」は駅周辺に本店があり、カリカリのクロワッサンにクリームを注入する独特のシュークリーム「クロシュー」や、道産小麦の焼きたてパン、白老バーガーなどおいしい商品がたくさんあります。是非一度行ってみてください。

これから「ウポポイ」へ行かれる方へ

最後に、「今度ウポポイに行ってみようかな」と思っている方に、ウポポイを楽しむためのポイントなどをいくつかお伝えします。

予習のすゝめ

予習を強くおすすめします。

博物館の展示は非常に充実しているため、予習無しで見学した場合、理解しきれない、または理解するのにそうとうな時間がかかってしまう可能性があります。また、一部だけ切り取った誤解をしてしまうことも考えられます。

このほか、体験交流ホールでの伝統芸能上演においても、アイヌの風習・文化についての知識が少しでもあると、細かい所作を含め、やっていることを理解しやすくなります。

簡単な本でいいので、読んで知識を入れておくほうが、よりウポポイを楽しめると思います。

筆者が読んだ中でオススメは――

  • アイヌ文化の基礎知識』(アイヌ民族博物館 監修、1993年発行、2018増補改訂、草風館)
  • 『カラー版 1時間でわかるアイヌの文化と歴史』(瀬川拓郎 監修、2019年、宝島社新書)

――の2冊です。比較的手軽に読め、内容もある程度充実していて、かつ政治思想が入っていない(左右どちらにも偏っていない)ので、まずはざっくりと理解したいという方に向いています。

漫画『ゴールデンカムイ』ファンの方には、『アイヌ文化で読み解く「ゴールデンカムイ」』(中川裕、2019年、集英社新書)もオススメ。(漫画を読んでいない方でも勉強になります。)漫画を12巻あたりまで読んでから手に取ると、理解が深まりやすいと思います。なお19巻のネタバレを含みますので、ネタバレしたくない方はご注意ください。


ただ、差別を扇動する目的で誤った内容を掲載する悪質な書籍も多数発行されておりますので、十分ご注意ください。

基本的には「いかにも」という見た目・タイトルの本を避ければ大丈夫ですが、『アイヌ史/概説』(河野本道、北方新書)は見た目は普通の新書を装っているため、うっかり手に取らないよう特に注意してください。

なお、差別的でない普通の書籍についても、政治的に左に偏ったものが散見されますので、その点はご留意ください。

交通アクセス

公共交通での訪問をオススメします。車でももちろん行けますが、公共交通で移動すると「日常から非日常へ」の気持ちの切り替え時間が長く取れるので、ウポポイ入場と同時にその世界観に一気に入り込めます。

札幌はじめ道内各都市、および本州方面から行かれる場合、鉄道の利用が便利です。最寄駅はJR白老駅で、特急「北斗」の大半、および特急「すずらん」全列車が停車し、合わせて1時間に1本程度は本数があります。

このほか、苫小牧~白老~登別~東室蘭間に、普通列車が1~2時間に1本程度走っています。

本州方面から来られる方は次のように乗り換えです。

  • 新千歳空港から……快速エアポートで南千歳駅へ → 特急乗り換え
  • 北海道新幹線から……終点の新函館北斗駅から特急北斗に乗り換え

札幌から向かう場合、比較的空いている特急すずらんがオススメ。すずらん2号でウポポイのオープン時間に合わせて行くか、すずらん4号でお昼に白老に着いて、食事をとってから入場するのがいいでしょう。特急すずらん限定のおトクなきっぷも充実しています。

白老駅北口からウポポイまでは徒歩10分程度。なお、駅(南口)~ウポポイ間を結ぶ町営の100円バスがあります(最寄りは「ウポポイ前」バス停)。

このほか、本数は少ないですが、苫小牧~白老~登別温泉を結ぶ道南バスの路線バスがあります(最寄りは「白老コタン前」バス停)。

車で訪問する場合、高速道路の最寄りICは道央自動車道の白老ICです。エゾシカなどの野生動物が多数出没する地域ですので、細心の注意を払って運転してください。またウポポイ付近は住宅街ですので、歩行者などに十分注意してください。

予約について

現在(令和4年春シーズン時現在)、COVID-19(新型コロナウイルス感染症)対策のため、ウポポイは予約制となっております。

入場日を予約してチケットを事前購入する必要があるほか、アイヌ民族博物館に入館する場合は別途そちらの予約も必要です。(年間パスポート所持者、および小人など入場無料の方も、入場・博物館入館の予約は必要です。)

入場の際は予約時に発行されるQRコードが必要です。スマホの画面に表示させるなどして提示してください。

詳しくは、ウポポイの公式Webサイトをご確認ください。

ウポポイといっしょに訪れたい観光地

道内各地にアイヌの文化や歴史を学べる場所があります。ウポポイをきっかけにアイヌに興味が出たら、他の施設も訪れるといいでしょう。

また、ウポポイのある白老から特急1本で行ける範囲に、さまざまな観光名所があります。ウポポイとセットで巡ると楽しいですよ。

詳細は別に記事を作って紹介する予定です。

さあ、「違う」を体感しよう!

いろいろ解説してきましたが、ウポポイに行かれる画面の前の貴方には、何よりも楽しんでほしいです。

アイヌ文化には、和風文化にはない要素がたくさんあります。そういう「違い」があるからこそ、見て・聴いて・体感して得られる、いろいろな楽しさがあります。まずは、その楽しさを全力で感じてほしいのです。

その後で、「もっと文化を深く知ってみたい」「歴史や民族問題についても知ってみたい」といった風に興味を膨らませていただけますと、なお嬉しいです。

ウポポイ、是非行ってみてください!

参考文献
ウポポイ(民族共生象徴空間)Webサイト ※令和3年10月22日閲覧
「国立のアイヌ文化博物館(仮称)基本計画」(https://www.bunka.go.jp/seisaku/bunkazai/ainu/minzoku_kyosei_keikaku/pdf/kokuritsu_kihonkeikaku.pdf)、文化庁 ※令和3年10月22日閲覧
「国立の民族共生公園(仮称)基本計画」(https://www.hkd.mlit.go.jp/ky/jg/tosijyu/ud49g7000000jqql-att/kihonkeikaku_honbun.pdf)、国土交通省北海道開発局 ※令和3年10月22日閲覧
アイヌ民族博物館 監修(1993、2018増補改訂)『アイヌ文化の基礎知識』草風館
田端宏・関口明・瀧澤正・桑原真人(2015)『アイヌ民族の歴史』山川出版社
瀬川拓郎(2015)『アイヌ学入門』講談社現代新書
中川裕(2019)『アイヌ文化で読み解く「ゴールデンカムイ」』集英社新書

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