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公聴会での反対意見はあまりに非合理 ~JR北海道大幅値上げ問題~

記事公開:令和元年7月2日

令和元年5月10日、JR北海道は10月からの運賃値上げを国土交通省に申請しました。

消費税増税に合わせた値上げではありますが、運賃に関していえば増税分を大きく上回る値上げとなっています。乗客が少ない路線を多数抱えており、経営再建のためには値上げが不可欠な情勢となっているためです。

7月1日に、国土交通省の運輸審議会は値上げの是非を問うために、札幌で公聴会を開催しました。

公述人として選ばれたのは、いずれも反対意見の3名です。当然、値上げに対して否定的な意見を述べました。

公述の内容は、国交省のWebサイトにて公開されています。こちらからご覧ください。

様々な反対意見が公述されてはいますが、その内容はあまりに稚拙で非建設的なものも多く、なんの有益性もないばかりか議論の邪魔です。以下、徹底的に批判します。

地脇聖孝氏(安全問題研究会代表)の公述に対する批判

地脇聖孝氏の意見は、かいつまんでまとめると次のような感じです。

  • 公共交通の運賃はユニバーサルサービスとして、同一サービスなら全国同一運賃が望ましい。
  • JR北海道の経営問題は、JR間の経営格差、および経営安定基金の運用益低下を放置した国の責任であり、その負担を道民だけが負うのは不適切。
  • 北海道の農産物を運んでいる鉄道によって全国に利益がもたらされているので、北海道の鉄道路線の負担は全国で行うべきだ。
  • 格差を是正する政策がしっかり整備されて、はじめて負担増・路線廃止などのサービス低下が検討されるべきであり、現段階では値上げすべきではない。

以上の内容はまったく非合理で、有効な反対意見とは到底いえません。以下、その理由を解説します。

鉄道の運賃が全国同じなんてありえない

まず全国同一運賃についてですが、鉄道ではムリです。

鉄道は大量の人や物を運ぶことを得意とする交通機関です。裏を返せば、人口が少ない地帯には向きません。もちろん、人口が多い方が儲かるのはどんな交通機関でも当たり前。でも、鉄道は特に「利用客が少ない場合に向かない」んです。

言い換えれば、鉄道が必要とされる度合いは、地域によって異なるということ。都会には絶対に必要である一方、人口の少ない地域にとってはあまり重要ではありません。

これが道路であれば、「シビルミニマム」――生活に必要な最低限の交通として、どんなに需要が低くても確保しなければならないでしょう。

でも鉄道は違います。人口数十人の小さな離島の電力を賄うのに大きな火力発電所を建てたら「無駄」と批判されるのと同じように、人口の少ない地域で都会と同じレベルのサービスを維持するのは無理筋です。

少量輸送に鉄道を当てはめて、それをシビルミニマムだと言い張ることは著しく合理性を欠きます。鉄道についてのみ言えば、全国どこでも同一運賃なんて無茶苦茶です。

もちろん、交通は公共サービスですので、不当に高い運賃が課せられるのは良くありません。ですが、そうならないための認可制ですし、そもそも今回の値上げが不当だとも思われません(後述)。

民営化は失敗していない

続いて、民営化は失敗で、それは国の責任だ、という考えについて。

氏は、JR東日本などの会社が大きな利益を出している一方でJR北海道が赤字に苦しんでおり、格差が発生していると主張しています。JR北海道など経営難が見込まれるJR会社の赤字を補填する「経営安定基金」の運用益が低金利政策によって減り、JR北海道の経営を圧迫していることも指摘しています。

しかし、国鉄民営化は失敗などではなく、国が責任を問われる謂れはありません。

氏は、我が国の制度の基本的な部分を無視しています。それは、民営化のスキームや金利政策などよりも、ずっと基本的なこと。

それは、「税」というシステムです。

税とは、国に住まう人々から資金を集め、それを公共サービスの維持などに充てるシステムです。また、「富の再配分」、すなわち特定の人に富が集中し過ぎることを防ぎ、飢える人を出さないようにするシステムでもあります。

企業には「法人税」をはじめいろいろな税金が課せられており、利益の一部を国に納めることになっています。JRも例外ではなく、黒字を計上しているJR東日本・東海・西日本・九州は多くの税金を納めています。

平成30年度の決算資料によると、「法人税等」としてJR東日本は約1,023億円、JR東海は約1,852億円、JR西日本は約352億円、JR九州は約85億円を納めています。ちなみに、赤字決算の会社にも一応かかるので、JR北海道は約9億円、JR四国は約5億円、JR貨物(平成29年度は黒字も、豪雨などの影響で赤字転落)は約2億円払っています。

これらの鉄道会社は、利益を経営者が独占してなどいません。全国の国土を整備するための税金を、法に定められる通りしっかりと払っているのです。

国鉄民営化の以前は、さまざまな改革を行ってもなお、わずかな黒字を出すのが精いっぱいでした。それが、今のJRグループは3000億円を超える税金を納めているんです。その税収が原資となっている国の予算を使って、国がJR北海道やJR四国の面倒を見ればいいんです。

事実、今年からJR北海道に対する支援が国の予算を割いて実施されています。ひとまず今年度・来年度の2年間で総額400億円規模の支援が約束されており、おそらく令和12年度までは支援が継続するでしょう。

こういう国の支援をしっかり制度化して、継続的に必要な支援を行えば、それで足ります。事実、現在そういう法整備が検討されています。

たしかに、以前であればこうした支援が不足していたので、JR北海道への国による分配が足りないという批判は成り立ちました。ですが、今や多額の支援が行われているので、この批判は当たりません。

氏が指摘する通り、経営安定基金の運用益を高く見積もっていた当初の見立ては甘かったでしょう。ですが、民営化によって国鉄時代には考えられなかった大きな歳入が生まれたわけですし、それを活かす形で国の支援額を増やせばそれで足りるのですから、「民営化は失敗だ」とまで非難する理由はありません。

それでも「JR間の格差の是正」など言って黒字のJR会社に金銭を要求するなら、それは最早財産権の侵害に他なりません。(会社や株主が認めるなら別ですが、そんなのありえません。)

日本国憲法は29条において、財産権を保障し、公共の利益に反しない限りにおいて財産権が侵害されず、公共の福祉のために私有財産を使う際は正当な補償をすることを定めています。黒字の鉄道会社に対しなんの合理的理由も補償もなしに金品を差し出させるのは、明らかに財産権の侵害です。それを強要するというなら、それはもはや強請りでしかありません。刑法249条は恐喝を禁じています。

黒字の鉄道会社から不当に資金を巻き上げるのは犯罪であり、仮にそれを合法化するような法整備がされたとしたらそれは憲法違反です。法律、そして憲法を軽んじるというのは、議論以前の問題ではないでしょうか。

国の負担には限度、道民の一部負担はやむなし

「民営化失敗の責任を国が負う」必要がないとしても、鉄道はインフラですので、その維持には国が責任を持つべき、という考え方はもちろん成立します。

ですが、それには限度があります。

考えてもみてください。たとえば、「熊本県の南阿蘇鉄道を復旧するのに国民の負担が増えますが許してね☆ミ」なんて言われたらどう思いますか? それも、熊本だけでなく、九州全体、四国、本州、果ては北海道まで、みんなの負担が増えるとしたら。

大事な路線ならともかく、利用者がきわめて少ない路線を、ごく限られた地域のごく限られた人の利益のために、多額の資金をかけて復旧するといったら、「そんな理由で国の歳出が増えて、あげく増税だと? ふざけるな!」って思いませんか?

それと同じです。北海道の鉄道路線は、利用者がきわめて少ない路線も多いです。それらを維持するために赤字のすべてを国が負うなんて、国民の同意が得られるとは到底思いません。

乗客がきわめて少なく、鉄道としての使命を終えたような路線は、廃止されるべきです。赤字でも一定の路線網を残す必要はあるとは思いますが、そのすべてを国の歳出で賄うのは無理筋です。

ある程度は、道民が鉄道路線維持のための負担をしなければなりません。

国の歳出だけで赤字を補填し、その税収確保のため全国の国民に一律な負担を課す、などといったことはありえません。まして、「本州のJRが儲けて、同じJRなのにJR北海道が苦しんでいる」などと、特定の一部の法人だけに負担を求めるなんて、なおさら許されません。

農業をダシにする愚

北海道の鉄道を維持することで北海道の農産物の輸送ルートが確保され、それによって全国に利益が回っているから、道民だけが負担するのはおかしい、という主張も詭弁そのものです。

まず、この意見はほとんどの路線には関係ありません。

現在北海道で貨物列車が運行されているのは、札幌~函館~新中小国(青森県)間、札幌~旭川~北見間、札幌~富良野間、札幌~帯広~釧路間、苫小牧~追分~岩見沢間、それだけです。それ以外、たとえば宗谷本線の北旭川~稚内間、花咲線、廃止検討中の5路線5区間には、貨物列車は走っていません。

なら、それらの路線の赤字分について、農産物輸送の利益を理由に道外から負担を求めることはできません。

貨物列車が走っている区間についても、大部分が単独維持可能路線です。JRが「単独維持可能」と言っているのに、道外から支援を求める必要はありません。

貨物が走っていて、かつ「維持困難路線」なのは、室蘭本線の沼ノ端~岩見沢間、根室本線の滝川~富良野間、石北本線の新旭川~北見間、これだけです。そのほかの区間を念頭においてこんな主張をするなら、議論に立ち入るまでもなく「却下」、つまり門前払いです。

次に、これら3路線の維持のために、貨物の利益を理由として道外に負担を求めるというのも、そもそもの立論がおかしいので考えられません。

氏は北海道と東京都の食料自給率の差を例に出して、北海道が東京の人を食わせているんだ、と主張します。しかし、そもそも食料自給率というのはバカげた指標です。別に北海道がなくても、欧米・中国など生産性の高い国から買えば、簡単に安く食料が手に入ります。食料自給率が低かろうと、飢えることなどありません。そもそも他国と一切貿易をしなければ、自給率なんて簡単に100%になるわけで、こんないい加減な指標もありません。

それに、東京は関東一円で行われる近郊農業によって食糧事情を支えられているという実態を無視しています。

輸入と近郊農業で食べさせられている東京の人が買う道産食料の多くは、馬鈴薯・タマネギなど、北海道が高いシェアを誇る一部の農産物が占めます。それ以外の需要は、「質」、つまりは贅沢のために買っているものです。「一部の」種類の農産物需要と、「一部の」贅沢需要に応えているだけですから、その便益は限定的です。

もちろん、他地域においても同様です。今やすべての地域は交通で繋がっています。

かような状況にあって、道外の人々に食料をダシに「あまねく」負担を求めるのは荒唐無稽です。

あるいは、この主張は「北海道の鉄道路線を維持することで生活を保障し、よって農業振興の助けとする」という意味を含んでいるのかもしれません。でも、それもおかしいです。

農業地帯というのはすべからく人口密度が低いです。そこに大量輸送機関である鉄道は必ずしも必要ではありません。鉄道によって人口を集中させたら、逆に農地の大規模化を阻んでしまい、農業の可能性を摘んでしまいます。

以上のように、どう考えても農業が値上げ反対の理由になることはありえません。

まとめ

以上より、国の税金投入「だけ」でJR北海道の赤字を負担し、その税収を補うために道外を含めた全国民にあまねく負担を求めるに足る合理的な理由は一つもありません。

地脇氏の意見は全くもって理由がなく、絶対に受け入れられるべきではありません。

当サイトは、かような詭弁でJR北海道や日本国民を苦しめようとする氏の主張に、強い遺憾の意を表します。氏の首は柱に吊るされるのがお似合いです。

小室正範氏(北の鉄路存続を求める会事務局長)の公述に対する批判

小室正範氏の意見は、要旨だけ書くと次の通り。

  • 値上げの負担がきわめて大きい。特に高校生の通学には大きな負担となる。
  • 北海道新幹線の高速化に多額の費用をかける一方で、道民に負担を求めるのは適正でない。
  • JR北海道の経営問題は、経営安定基金の運用益低下を放置した国の責任であり、その負担を道民だけが負うのは不適切。
  • 世界的に見ても国が赤字を補助しないのはおかしい。
  • 特に高校生の値上げ負担が大きい。(謎の繰り返し)

「国の責任」云々は地脇氏についての部分で触れた通りで、最後のやつは同じ内容の繰り返しなので、省略します。残りの3点につき、批判を行います。

北海道新幹線高速化は、運賃値上げ反対の理由になどならない

文章構成の都合上、順番を入れ替えまして、まずは新幹線云々についてお話ししましょう。

5月15日に、JR北海道は北海道新幹線の新函館~札幌間の最高速度を、当初計画の260km/hから320km/hに向上させ、所要時間を5分程度短縮することを国交省に要請すると発表しました。

そのための追加工事の費用は約120億円と試算されており、JR北海道はこの全額を自社負担すると表明しています。

ローカル路線の赤字を理由に値上げを表明しておいて、新幹線にはお金をかけられるというのは納得いかない、というのが小室氏の主張です。

ですが、これはいわば空理空論、荒唐無稽、屁理屈の極みです。


そもそも、なぜ高速化が検討されているか、というところを掘り下げてみましょう。

北海道新幹線は、当初の計画だと東京~札幌間を最速約5時間で走るという計画となっています。これでは、羽田~新千歳間の飛行機に対する競争力がまったくないため、収益には全然期待できません。(ただし、現行の札幌~函館間の特急列車よりは利用が増えるので、収支は改善するでしょう。)

ですが、所要時間を短縮すれば、所要時間を最速4時間台前半まで引き上げることができます。そうすれば一定の競争力が生まれるので、新幹線が収益源となる見込みができます。

現在行われているのは、まずJR東日本の新型高速試験車の開発。今年登場した「ALFA-X」は、北海道新幹線の札幌延伸に向けて最高速度360km/hでの営業運転を始めることを目標に、試験走行を行っています。

これが成功すれば、宇都宮~盛岡間で最高速度が360km/hにアップします。また、速度を上げても騒音が抑えられるので、騒音がネックとなっている大宮~宇都宮間も最高速度アップに期待がかかります。

続いて、上野~大宮間のスピードアップ。この区間も騒音が問題となっており、急カーブで速度を出せないこともあって現在は最高速度110km/hに抑えられていますが、現在これを130km/hにアップさせる計画がスタートしています。工事が終われば、所要時間を1分短縮できます。

3つ目は、盛岡~新青森間のスピードアップ。最高速度260km/hのこの区間を、法整備によりスピードアップを可能にした上で、防音壁追設などの工事を行って最高速度320km/hにアップさせることが検討されており、地元紙の東奥日報は「地元の合意が得られた」と報じています。

4つ目、新中小国信号場~木古内間のスピードアップです。この区間は貨物列車も走るので、列車すれ違いによって貨物列車のコンテナが破損するおそれがあるので、今は最高速度160km/hでの走行です。現在、貨物列車への影響を抑えつつスピードアップを実現するため、走行試験が行われています。東奥日報が報じたところによると、180km/h運転でも安全性が確認されたとのことで、先述のALFA-Xがベースになるであろう将来の新型車両なら空力性能が高く、さらに貨物への負担を抑えられるであろうことから、最高速度200km/h以上での運転は十分視野に入ります。

これに加えて新函館~札幌間の高速化を行えば、東京~札幌間の所要時間「最速4時間29分」は十分実現可能です。

さらに、新函館~札幌間でも所要時間が最速で1時間を切ることになります。(実際には「はこだてライナー」への乗り換えが必要なので1時間半ほどかかりますが、通常メディアやポスター掲示などでは新幹線の所要時間「のみ」を記載する点に留意。)

単に速くなるだけではなく、「閾値を超える」ということは営業施策上も大きな意味を持ちます。ポスターなどに、「4時間30分」「1時間」と書くのと「4時間29分」「59分」と書くのでは、与える印象が全然違います。それだけ販路が拓ける可能性が広がります。

小室氏は「『5分短縮』にどれだけ価値があるのか疑問」などと公述していますが、その5分はこれだけ大きな意味を持ちます。ただ「5分」と捉えたのでは本質から遠ざかってしまいます。これは「4時間半切り」プロジェクトのピースの一つであり、同時に札幌~新函館間において営業上重要な「閾値」を超えるか超えないかの瀬戸際でもあるのです。

このくらいのことは、少し調べたら分かるはずです。「疑問」などと言う前に、自分で調べる努力をすべきです。


新幹線が高速化されれば、それだけ大きな収益が生まれます。

東京~札幌間が4時間半を切れれば、首都圏~札幌圏での交通需要のうち、2~3割は新幹線の取り分にできます。首都圏~山口県で新幹線のシェアがだいたいそのくらいで、新幹線の所要時間とシェアはおおむね比例するので、間違いはないでしょう。

これが、当初の計画のとおりに所要5時間となってしまったら、シェアは1割ほどしか取れないでしょう。乗客数にして、往復合計で数千単位で乗客が増えることになります。

当初計画では実現できないような、数千単位での利用者増。さらに、飛行機に完全に勝てる札幌~函館間、そのほか札幌~仙台、東京~倶知安(スキーヤー・中国人バカンス客など)などの細かい需要を足していけば、そうとうな増収になります。

少なく見積もっても、高速化によって年間数億円程度の利益が生まれます。120億円程度なら、問題なく元が取れます。

鉄道利益だけではありません。交通機関を使うということは、乗っている人が「移動できる」という利益を得ることです。

そういう「利用者便益」が、高速化によって大きく増すことも忘れてはなりません。

時間短縮の利益は、計算が可能です。一般に新幹線・特急列車利用者の時間利益は「1分あたり30~50円」と言われていますので、5分短縮で最低1人あたり150円の利益が出ることになります。1日の利用者を、やや少なめに見積もって14,000人としても、年間7.5億円以上利用者が得をする計算になります。

こう考えたら、120億円など安いものです。

投資をすることによって、「今の」資金が少なくなってしまうことはたしかに問題ですが、国土交通省が「前向きな設備投資に対する支援」を約束しており、資金貸付をお願いすることは可能です。

小室氏は公述書に「現在の新幹線の赤字が100億円以上」などと記載していますが、今の赤字額を見ても何にもなりません。札幌延伸、そして高速化、このセットによって利用者が大幅に増えるのは確実で、今が赤字だからと新幹線への投資に反対するのは合理性を欠きます。

新幹線建設そのものの意義については再考の余地があります。というかボクも反対の立場です。でも、新幹線建設の是非を判断する立場にないJR北海道が、新幹線高速化によって増収を図るために投資をすることは否定できません。


以上より「120億円の投資は大きな増収に繋がる」ということが十二分にわかりました。

したがって、「値上げで負担を強いながら120億円も使うのか」というのは、全くの筋違いだと言わざるを得ません。

この120億円の投資によって、経営再建の可能性がグッと広がります。値上げもまた、経営再建の可能性を広げるための方策です。運賃値上げと新幹線の高速化とは、一切矛盾しません。

だいたい「投資」というのは、資本を元手に利益を得て、最初の資本よりもお金を増やすのが目的です。

「お金がないなら投資するな」ではないんです。「お金がないから増やす」んです。赤字なら投資してはいけない、なんて馬鹿げています。氏の主張は矛盾どころではなく、「投資」という行為そのものを否定しているのと同じです。

投資をしなければ、社会は何も生み出しません。であるからして、投資の否定とはすなわち人間社会そのものの否定です。


また、この空論を虚飾するがごとく、「新幹線にばかり投資して、地方路線を軽視している」などという意見も述べています。

これもまた、根本から間違った主張です。

第一に、乗客が極端に少ない路線とはすなわち「鉄道としての使命を終えた路線」であり、廃止以外に選択肢はありません。

鉄道は大量輸送機関であり、乗客が少ないとその特性を発揮できなくなります。あまりに乗客が少ないと、経費だけが嵩み、本数も少なく利用しづらいのでさらに利用者が減り、と悪循環に陥ります。むろん他の交通機関でも利用客が少なければ同じですが、鉄道は特に乗客の少ない輸送には向いていないんです。

ということは、利用があまりにも少ない路線、少なくとも現在廃止が検討されている5路線5区間については、廃止以外に解決策などあろうはずがありません。

これは、新幹線に関する費用がかかっていようがいまいが、同じことです。黒字か赤字か、という話ではなく、その場所には鉄道が必要ない、という話をしているのですから、新幹線の赤字なんて全く関係ありません。

第二に、新幹線は維持困難路線とは比較にならないような数の利用客を運んでおり、維持困難路線を新幹線より優先する理由はありません。

繰り返しますが、鉄道は大量輸送機関です。ということは、利用客が多い区間で頑張るのが、鉄道というものの本来的なあり方、ということです。

すべからく、利用者が多い新幹線が優先となります。北海道新幹線の輸送密度は3,000を超えており、維持困難路線はその足元にも及びません。

新幹線よりも維持困難路線を優先して維持・強化すべきとする意見は全く合理的でないどころか、「鉄道は『少量』輸送機関である」と言っているのも同じであり、鉄道問題の議論のスタート地点にも立てていないのです。

並行在来線についても同様です。新幹線よりも明らかに利用の少ない区間を取り上げてどうこう言ったところで、議論など成立しようもありません。

海外と比較する愚

続いては、「海外では鉄道路線の赤字への補填を行っているのに、日本がやっていないのはおかしい」というような意見について。

そもそも、小室氏が例に挙げている国と日本とでは、そうした公共サービス維持のために国民がどれだけの負担をできるか、というコンセンサスの度合いが全く異なります。

それは消費税(付加価値税)の税率という形でハッキリと表れています。オーストリアは20%、ドイツは19%、スウェーデンは25%、英国は20%です。例外としてスイスは7.7%と低いですが、「タックスヘイブン」となるための施策として全体的に税率を下げているので、日本とは立ち位置が全く異なります。

EUでは付加価値税を15%以上にすることを取り決めとして定めているというのも見逃せません。

そもそもの環境が違うのに、他の国と同じように鉄道の赤字補填をしろなどと、単純な比較をするのは笑止千万です。

小室氏はそもそも、公述書において増税が家計と企業経営を直撃することを懸念しています。つまりは増税に慎重な立場なわけです。国による鉄道の赤字全額への補助を求めておきながら増税を認めないというなら、矛盾でしかありません。

値上げの影響はたしかに大きいが

最後になりますが、公述書において1番目の理由になっている、値上げの影響が道民に重くのしかかるという点について。

これだけの大幅な値上げなので、小室氏の指摘する通り、たしかにかなりの負担になります。

ですが、そんなのは「個人の主観」のレベルを出るものではありません。

他に合理的な理由があって、さらに付け加えるならアリですが、以上に見てきた通り小室氏は値上げに反対する合理的な理由を一つも提示していません。

これでは駄々をこねているのも同じです。いろいろと数字を並べてはいますが、それで客観的な意見になっていると思っているなら大間違いです。

まとめ

まとめると、小室氏の意見は「鉄道は大量輸送機関である」という大前提を欠いた支離滅裂なものであるうえ、合理的な主張と見なせるものは一つもありません。

このような主張は絶対に受け入れられないものであり、当サイトとしても厳重に抗議するところであります。かの首もまた、柱に吊るされるのがお似合いです。

武田泉氏(北海道教育大学准教授)の公述に対する批判

武田泉氏の意見は、簡単にまとめると次の通り。

  • 値上げ自体には反対しない。
  • 値上げの方法が恣意的であり認められない。
  • 値上げ以外の経営改善策に問題点が多く、値上げより先にやることがある。
  • 値上げ以前に行政やJR他社からの資金供給により経営を補填するべきである。

三者で唯一、値上げ自体には反対していません。

肝心の内容ですが、傾聴に値する意見もあるものの、論理はかなりの部分で破綻しています。

行政・黒字JR会社からの資金巻き上げについては前二者に対する批判と同様なので省略。他の部分について批判していきます。

どこが「恣意的」なのか!?

まずは、「値上げが恣意的」という件について。

前提として、今回のJR北海道の値上げでは、営業キロ100km未満の区間には賃率に拠らない「対キロ区間制運賃」を導入しています。区間ごとに値上げ率を設定できるので、他の交通機関の水準に合わせた柔軟な値上げが可能となっています。

101km以上の区間については、従来通りの方式となっています。

これを頭に置いて、本当に「恣意的」と言えるのか検討してみましょう。


まずは短区間の値上げ幅。武田氏は、一部の区間が30%を超える値上げとなっているほか、札幌~新千歳空港間が該当する46~50kmの区間が前後と比較して値上げ幅が大きいことを取り上げ、その値上げの仕方が「恣意的」だと主張します。

ですが、それらはJR北海道がニュースリリースで再三指摘している通り、他の交通機関と比べて圧倒的に安い運賃となっていたのを、同程度まで引き上げるものです。

そして、そのための「対キロ区間制運賃」なワケです。

他の交通機関よりも極端に高いなら「恣意的」と言えるかもしれません。でも、値上げ案はそうではなく、他の札幌市内の交通機関とおおむね同一水準です。地下鉄などより少々高くなっている区間もありますが、たいていはスピード面で優位な区間で、「高いけどその分速い」というのは市場原理からも不適切ではありません。

また、値上げ率は全道均一なので、札幌エリア以外の区間でも運賃が同じように上がります(そもそも現行制度では札幌エリアとそれ以外で値上げ幅を変えられない)。札幌エリア「だけ」が上がっているなら「恣意的」との誹りも免れないかもしれませんが、そうではありません。

「恣意的」は明らかに的外れです。「対キロ区間制運賃」自体を否定するのでなければ、議論になんてなりません。

実際に比較してみましょう。地下鉄と比較して、札幌~新札幌間で10円高いだけ。札幌~琴似なら同額、新札幌~琴似ならむしろ20円安いです。地下鉄とバスの乗り継ぎ運賃で考えても、札幌~手稲で80円安く、札幌~あいの里教育大でも40円高いだけです。

札幌~新千歳空港間も空港バスより50円高いだけです。本数・輸送力・スピードを考えるとそれでも圧倒的な競争力があります。加算運賃抜きの値上げ率は高いですが、設定する意義を疑問視されている加算運賃を減らす必要があったので、それを計算に入れつつ空港バスに対する競争力を失わない範囲で値上げを行った結果そうなった、というだけでしょう。

このように、他の交通機関と比較して極端に高くなっているわけではありません。

報道によれば、武田氏は公聴会で、この点についてJR北海道・島田社長に問うたところ、ニュースリリースに書いてある通りの答弁を受け、平たく言えば一蹴されたわけです。

それで、「話が平行線だ」などと愚痴をこぼしたと言いますが、平行線以前にそもそも議論になっていなくて、門前払いを食らっているんですから、恥を知るべきです。

だいたい、「経営難」を訴えておきながら、他の交通機関よりもはるかに安い運賃を設定することの方が、大幅な値上げよりもよほど理屈に合わないのです。

まして、札幌~新札幌、札幌~琴似、札幌~手稲のように、地下鉄・バスと比べて圧倒的なまでのスピードを持つ区間で、大幅に安い運賃を設定することは、建設費云々を措いて利用者の観点だけから見たら、不適切としか言いようがありません。


次。区間ごとの値上げ率が大きく違い、一部で「逆転現象」が起きていることを「恣意的」だと氏は主張します。

具体的には、札幌~旭川間が該当する121~140kmの区間が+14.9%で、前後がそれぞれ+12.0%、+13.5%。札幌~帯広間の距離区分の一つ前である201~220kmが+13.0%で、前後がそれぞれ+10.9%、+12.0%。

これらについて、利用客の多い区間を狙い撃ちで恣意的に値上げ幅をいじっているのではないか、との根拠のない疑いをかけています。

本当でしょうか。たしかに「値上げ率」だけなら前後より高いですが、全体を俯瞰するとちょっとズレた批判だとわかります。

現行運賃と値上げ案で、前後区間どうしの運賃差を見るとわかりやすいです。

現行運賃
営業キロ(km)運賃一つ前の区分の運賃との差額
81~100¥1,840-
101~120¥2,160¥320
121~140¥2,490¥330
141~160¥2,810¥320
161~180¥3,240¥430
181~200¥3,670¥430
201~220¥3,990¥320
221~240¥4,320¥330
241~260¥4,750¥430
261~280¥5,070¥320
281~300¥5,400¥330
301~320¥5,720¥320
321~340¥5,940¥220
341~360¥6,260¥320
361~380¥6,580¥320
381~400¥6,800¥220
値上げ案
営業キロ(km)運賃一つ前の区分の運賃との差額
81~100¥2,100-
101~120¥2,420¥320
121~140¥2,860¥440
141~160¥3,190¥330
161~180¥3,630¥440
181~200¥4,070¥440
201~220¥4,510¥440
221~240¥4,840¥330
241~260¥5,280¥440
261~280¥5,610¥330
281~300¥5,940¥330
301~320¥6,270¥330
321~340¥6,490¥220
341~360¥6,820¥330
361~380¥7,150¥330
381~400¥7,370¥220

ご覧のように、武田氏が挙げた「121~140km帯」「201~220km帯」は、値上げ前よりも直前の区分との差額が100円程度増えています。

ですが、その分だけ他のどこかが減っている、ということはありません。

言い換えれば、その2区分「だけ」が値上がりしているわけではなく、それらの区分以降全部が値上がりしている、ということです。121~200kmは一律でプラス約100円、201km以降は一律でプラス約200円になっているんです。

これを、「利用者の多い区間だけ狙い撃ちして値上げした」と言うのは明らかな間違いです。全体が上がっているんですから、札幌~函館も札幌~釧路も札幌~北見も、なんなら札幌~小幌とか札幌~下沼とかも、同じだけ値上がりしているってことです。

「努力不足」という虚妄

続いては、JRの経営再建策・その他サービスに対する批判についてです。経営努力が不足しているうえ、利用者のことを考えていないから、そんな中で値上げをするのはダメだ、と言いたいようです。

全部はさすがに取り上げませんが、それにしても論点が多いので、一問一答形式で、それぞれ短めに取り上げます。

空港アクセスの有料列車導入
千歳線の線路容量で、快速・普通列車に加えてさらに有料列車を入れるのは無理です。実現のためにはそうとうな設備投資が必要で、費用対便益は絶対に吊り合いません。
また、現行でも37分しかかからない区間を、上位種別を無理矢理設定してまでそれ以上短縮してもメリットは薄い(限界効用)ため、多額の投資をしてまで実施する意義はありません。
道民対象の割引の拡充
道民向けのおトクなきっぷはたしかに少ないですが、企画乗車券は必ずしも「公平」である必要はありません(公平に割り引いてほしいなら素直に値下げを主張すべき)。ましてや義務などではなく、鉄道会社に不利益になるようなきっぷを出す必要はありません。インバウンドが好調だから道外客向けのきっぷが多く出ているのであって、市場原理からも適切ですし、まして「道民だけ冷遇」というのは当たりません。
夜行列車の設定
労働力不足の局面において夜間労働者を必要とし、寝台なら専用車両が必要で運用効率ダウン。そもそも大多数の人が「速い」交通を求めていることは各種統計から明らかであり、夜行需要自体が細いことがわかります。
山線経由の臨時列車の設定
すでに特急「ニセコ」が走っています。過去実績より、利用者は「大人の休日倶楽部パス」期間以外は期待できず、そもそも大人の休日倶楽部は上述の「道民冷遇」において氏が批判の対象に挙げています。
札幌市交通局との連携
JR北海道単独で実施できることではありません。またICカードについては、SAPICAはポイント制度、Kitacaは全国で利用可とそれぞれのメリットがあるので二枚持ちをすれば良く、SAPICAとの相互乗り入れは意味がありません。
KITACAサービスの拡充
函館近郊での導入には賛成ですが、それ以外は導入費用をペイできるほどの需要があるとは到底思えません。JR九州の鹿児島・宮崎エリアを例に挙げていますが、そもそものJR利用者数が違いすぎます。あと、"KITACA"じゃなくて"Kitaca"です。
新札幌・新千歳空港駅の改札口が1か所しかない
その1か所から駅施設のどこにでもすぐ行けます。逆に2か所必要だという理由を知りたいです。
新千歳空港駅の駅ナカビジネスをやっていない
JRから飛行機に乗り換える客はさっさと搭乗手続きを済ませて、身軽になってから出発ロビーで買い物した方がラクです。わざわざ空港駅で買ってから重い荷物を持ってえっちらおっちら搭乗手続きをしに行く理由はありません。
飛行機を降りてJRに乗り換える客についても、「待たずに乗れる」エアポートという列車の性質を考えると多くの乗客がすぐに列車に乗るわけですし、お土産だって空港ターミナルビルで買えますから、商売になるとは思えません。
以前キヨスクがあったのがリニューアル後に姿を消したことからも、需要が低いのは明らかです。
もっと言うと、あの狭いスペースにいたずらに買い物客を滞留させるべきではありませんし、滞留させるために巨額の費用をかけて地下を掘るなら本末転倒です。
キヨスク・車内販売の縮小
大手コンビニにどうやっても勝てないキヨスクや、著しく利用の少ない車内販売が無くなるのはあまりに当然。キヨスク・車販の縮小、およびキヨスクからセブンイレブンへの形態転換でかなり収支が好転しているのも見逃してはいけません。
不動産開発に赤字を補うだけのビジョンがない
あの巨額の鉄道赤字をどうやったら補えるんでしょうか? そんなにノウハウに自信があるなら、JRに営業をかけてみては?

以上、一部に賛同できる意見はあるとはいえ、ほとんどが的外れです。また、仮にJRの収支改善が計画よりもうまくいっても、巨額の赤字がどうにかなるような見込みは全くありません。

たしかに、まだやれることはあると思います。駅ナカビジネスには改善の余地はあると思いますし、鉄道ももっと便利にできると思います。

このほか、武田氏は挙げていませんが、コスト意識もまだ足りません。中期計画に今さら「資材のネット購入による費用削減」(おそらく、アスクルでの事務用品などのまとめ買いのこと)なんてあったり前なことを書くあたり、まだまだコストを削れる余地はいっぱいあります。

ですが、JR北海道の努力が欠如しているだなんてことは全くありませんし、どう考えても値上げなしに収支を均衡させる見通しが立つはずがありません。「努力不足」を理由に値上げに反対するのはお門違いです。


このほか、国などによる路線維持・改良のための制度設計が足りないのに、現時点で値上げを認めるなど云々、というような点も記載されています。

まず先述の通り、全国に「あまねく」負担を求めるのはありえません。

続いて、武田氏が提案している「千歳線の設備投資実現のための特々制度導入による加算運賃」ですが、それを実現したとしても結局は札幌エリア中心の値上げとなりますから、今回の値上げ案と似たようなものです。「使途が明確な」加算運賃であることを重要視しているようですが、どっちにしたって札幌エリアの運賃収入を原資に千歳線の強化をやるわけですから、何も関係ありません。いわゆる「概念法学」に嵌った、狭い視点と言わざるを得ません。

「道路財源の投入」にも言及がありますが、そもそも道路財源は平成21年度から一般財源化されています。

まとめ

武田氏の意見は、値上げが恣意的だと言う部分については「対キロ区間制運賃」に対する有効な批判がないうえ、数字の使い方がそれこそ「恣意的」。「努力不足」を指摘する目的での各種提案も、素人の思い付きの域を出ません。

値上げに対して明快な批判をしているとは到底言えず、意見が容れられるべきとは考えられません。

世に求められている議論のレベルはこんなものではありません。この程度の議論しかなされないようであれば、JR北海道の値上げに待ったがかかることは許されないでしょう。

以上、公述の内容について批判を行ってまいりました。

有効な批判と呼べるものは全くと言っていいほどなく、JR北海道の値上げは申請の通り受理されるのではないか、という気がします。

当サイトは、活発な議論を歓迎こそしますが、合理性を欠くものは願い下げです。今回のような稚拙な意見の数々には、改めて最大級の遺憾の意を表させていただき、記事の締めといたします。このような長文をお読みいただき、誠にありがとうございました。

※追記(令和元.7.25)……本日、国交省が値上げ案を認可する方向の答申をしました。答申書を読むと、上記の公述内容にはほとんど触れられておらず、国交省もまともに取り合うつもりがないことが読み取れます。そりゃそうか。

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