旅行記4日目 こたつ列車 / 東北リベンジ~旅は、何かを変える~ - ゲニウス(北)の北海鉄旅いいじゃないか
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東北リベンジ~旅は、何かを変える~(平成27年2月11~16日)

4日目(平成27.2.14) 3/5ページ「こたつ列車」

三鉄の北の果て、久慈

三陸地方や三陸鉄道についていろいろなことを考えつつ、景色を眺めるうちに、列車は終点の久慈に近付いていきます。

陸中野田で列車行き違いのため数分間停車しましたが、その時に運転士が久慈での乗り換え案内をしていました。ワンマン列車で乗り換え案内をするためには、時間があるときにしなくてはならないためですね。JR北海道のワンマン列車では乗り換え案内放送はしないのでそれが当たり前だと思っていましたが、三陸鉄道のサービス精神にはやっぱり感心です。

ほどなく、対向列車が到着。車両には、「デラ」という会社の広告ラッピングが。この会社は三陸鉄道の支援を行っている会社のひとつです。様々な企業の支援があったからこそ、今の三鉄があるのです。

陸中野田から2駅で、久慈駅に到着。

久慈では、折り返しの列車まで1時間以上の待ち時間があります。その時間を使って少し駅前を歩きます。

まず向かったのは、道の駅くじ やませ土風館。お土産を買いに行きました。銘菓の「ぶすのこぶ」や、ご当地ショボーンを購入。

次いで、その向かいにあった「歴通路(れとろ)広場」という小さな店が立ち並ぶ通りで、「タコスまん」なるものを買いました。その名の通り、タコスが中に入った中華まんです。なかなかおいしかったです。

その他、久慈駅付近のお菓子屋で少し買い物をしたりして、久慈駅に戻りました。さらに久慈駅でも買い物。ここで買ったものは、この後紹介します。

とまあ、あちこちでバタバタと買い物をしていましたが、逆にそれしかしていませんでした。今度来たらもう少しゆっくり巡りたいものです。

あるプロ野球選手の教え

……ここまで、3日目以前とは比べ物にならないほどのハイペースで買い物をしているのがわかるかと思います。

これは、ある信念に基づいて行ったものです。

ちょっと説明パート入ります。ボクは、この旅行を通じて、被災地・三陸の力に少しでもなれたら、と真剣に考えていました。

例えば、被災地の方と交流する機会があれば、それを通じて被災地の皆さんを元気づけたい、と思っていました。

でも、急ぐ旅ですからそんな機会はそう訪れません。それに、よく考えてみると、仮に交流の機会があったとしても、全く被害を受けていないボクが被災地の方の気持ちを本当に理解できるワケがないんです。

今回の三陸訪問に、本当に意味を見いだせるのか。そう思い悩んでいた、そのとき。ふと、一人のプロ野球選手が言い放った、あの言葉が脳裏をよぎりました。

「誠意は言葉ではなく金額」

そうか、金だッ!

ボクでも力になれる。とにかく被災地の商店とかで売ってるものを買うんだ。それで、少しでも現地の市民経済が活性化すれば――!

……と、そう思って、一つでも多く商品を買うことにしたのです。手っ取り早いのは食べ物。とにかく名物っぽいものを見たら、思考停止で買っちゃうことにしました。

というわけで、この後も食要素が結構出てきます。お楽しみに。

三鉄名物、こたつ列車

早いですが、久慈での滞在はこれにて終了です。再び三陸鉄道に乗って、宮古方面に引き返します。

久慈12時15分発の列車に乗車して、三陸沿岸を南下します。この列車は、鉄道ファンのみならず多くの人々に知られる、「こたつ列車」を併結しています。待ちに待ったこたつ列車と、いよいよご対面です。

12時前に駅の窓口で手続き。ボクは1か月前、発売当日に早々と予約していたので、問題なく海側の窓口が当たっていました。何たって旅行の骨子(三陸鉄道と大館に行くこと)は2年前の東北旅行の直後には決まっていましたから。

待ちに待ったこたつ列車に、いよいよ乗車。車両は震災後にクウェートの支援を受けて製造された、36-Z形。車両の側面には、支援に感謝する旨の文章が、日本語・英語・アラビア語の三か国語で書かれています。新潟トランシスが製造したNDCの中でも新しい車両で、車体側面と車内には電光掲示板があり、出入口はバリアフリー。さすがは最新型車両。

列車は2両編成。こたつ列車1両と、普通車(36-700形でした)1両。この列車は、JRの観光列車みたいに専用編成が専用のスジで走るのではなく、普段も走っている普通列車にこたつ列車が併結されるというスタイルで運行されています。なので、列車名はあくまで「普通列車」のようで、普通車の方は普段の列車と同じ扱いですから、当然ながら自由席です。

各テーブルには、サービスとして南部せんべいが置かれていました。

列車を外から中から観察しているうちに、発車時刻に。駅員の振る大漁旗に見送られ、列車はゆっくりと久慈駅を発車しました。

ところで列車は車掌乗務です。ワンマンが基本の三陸鉄道ですが、観光列車併結の列車の場合は検札の必要からか、車掌が乗務するようです。発車時には、ワンマン列車では聞けない車内ブザーが鳴りました。これが旅情を掻き立てます(山田線も同じだけど)。

出発からほどなくして、アテンダントによる案内が始まりました。当然と言えば当然ですが、自己紹介のあとは早速震災関連の話題となりました。

三鉄は甚大な被害を受けながら、3年ほどで全線復旧を果たしました。様々な支援がそれを可能にしたのです。そうした支援の輪に対する感謝を述べる場面もありました。本当によく復旧できたものです。

しばらくすると、こたつ列車の乗車証明書が配られました。このような証明書は観光列車ではよく配られるものですが、こたつ列車のものとなると証明書を受け取ったときの想いも一入です。

さて、ここで観光列車の楽しみのひとつ、車内でのお食事タイムです。こたつ列車名物、うに丼です。こたつ列車の予約と同時に弁当も予約制で、乗車前に久慈駅で受け取ります。他にも2種類ほどありましたが、最初からうに丼と決めていました。

三陸の海の幸を贅沢に。味わい深いうにの味に舌鼓を打ちます。

おやつに、先ほど久慈駅で買った、いかせんべいを食べました。ただのせんべいと侮るなかれ。いかの風味がしっかりとするんです。しかも噛めば噛むほどそれが良く味わえます。せんべいのパリッとした固さもまたgood.

さらに、同じく久慈駅で買っていた山ぶどうのストレート果汁。ジュース感覚で買いましたが、当然ながら一口飲むと山ぶどうの甘酸っぱい味が口全体にうわーっと広がります。おいしいのですが、とにかく酸っぱくて、飲み干すのに10分以上かける始末。

ボクがストレート果汁にやられる間にも、列車は進んでいきます。三陸鉄道有数の景色を楽しめる地点に差し掛かると、行きに乗った列車と同様、この列車も景色のいいポイントで停まる……という手はずでしたが、安家川橋梁の方は強風で停車すらままならないとのことで、徐行のみとなりました。アテンダントさんもあまり詳しい説明ができないまま、ひとつめのポイントは過ぎ去りました。

といった具合に、行きと同じ景色を、アテンダントの解説付きという異なる環境でもう一度見ていくワケです。往路では現在の景色だけを見ましたが、復路のこたつ列車ではかつての様子や震災時の解説があるので、ただ見るのとは全く違いました。

大震災で景色がどう変わったかという話を聞くと、心が痛んだり、背筋が凍ったり。そこに先述のストレート果汁の酸っぱさが襲ってくるので、大忙し。

堀内駅付近や大沢橋梁から見える景色は、「あまちゃん」のロケ地です。アテンダントがその旨説明すると、車内から歓声があがります。こういう雰囲気も嫌いではありません。やっぱり、たまには観光列車もいいものです。

田野畑や島越の周辺は特に震災の被害が大きかったところです。両駅のかつての車窓の写真をアテンダントが見せてくれました。比較しながら見ていると、恐ろしいばかり。

そういえば、途中の駅でプロ野球・楽天の銀次選手を応援するポスターが貼られていました。銀次選手は普代出身。この地域の宝と言える選手です。銀次には2013年の日本シリーズ(当時は読売を応援してたので、楽天は「敵」だった)でコッテリやられたので、よく覚えています。地域に勇気と希望と元気を与える存在になれるでしょうか。楽しみです。

イベント盛りだくさんのこたつ列車

こたつ列車(を併結した列車)は、普代を出て、田野畑へと進んでいるところ。駅間の長いトンネルに差し掛かると、こたつ列車の車内灯が明滅し、ほどなくして車内が暗くなったと気づいた刹那。大きな声が聞こえてきます。

「泣く子はいねぇがぁ」

彼らは、この地域に伝わる「なもみ」です。秋田県に伝わるなまはげに似ており、なまはげ同様の格好で、なまはげ同様に立ち回ります。

このなもみの登場は、こたつ列車の名物イベントです。乗客の皆さん、大感激。もう喝采でなもみを迎えます。「キャーステキー」とか聞こえてきました。「そういう言い伝えじゃねぇからこれ!」などというツッコミは野暮と言うものでしょうか。

一通りなもみがパフォーマンスを終えると、再び車内に明かりが戻り、なもみ役の二人がお面を取ります。お一人はなんとなもみの会(だったかな? 名称失念……)の会長を務めていらっしゃる方ということで、仰天。

さて名物イベントは終わりましたが、この日限定でもう一つイベントがありました。先述の通り、小本駅の新しい待合室が完成し、ちょうどこの日使用開始となりました。それを記念するテープカットが、ちょうどこの列車が小本駅に到着するときに行われました(というかこたつ列車を待っていたんでしょう)

待合室の名前は、駅名にあやかって「想人待ち愛室(おもとまちあいしつ)」。小本に「人を想う」という字を当てた、瑞祥なネーミングです。「恋人の聖地」とか言われるのでしょうか。三陸鉄道からしたら勾配上りたくないから聖地よりむしろ整地を(ry

さらに、記念品として、「恋の往復切符」というものをいただきました。区間は、発駅が空欄で、着駅が想人、有効期限が「結ばれるまで」。なかなか粋じゃあないですか。空欄には想い人の名を入れてください、とのこと。

普段よりイベントの多いこの日のこたつ列車。和気藹々とした雰囲気で、とても楽しかったです。ですが、そろそろ降りる時がやってきます。名残惜しいですが、ボクは終点の宮古までは乗らず、田老で下車します。

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