旅行記1日目 日高町→占冠→札幌 / 「見えないもの」を、見に行こう 文化の秋・道内日帰り3連チャン - ゲニウス(北)の北海鉄旅いいじゃないか
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「見えないもの」を、見に行こう 文化の秋・道内日帰り3連チャン(平成28年10月8~10日)

1日目(平成28.10.8) part3/4「日高町→占冠→札幌」

ウサップのヤマベ

午後5時すぎ、日高町・道の駅樹海ロード付近。雨が降りしきる中、バスを降りたボクは、ここで体勢を整えるべくいろいろ動きます。

ところで、現在地・日高町は飛び地合併をしています。実はこの日の朝にいた富川も、日高町。これだと紛らわしいことこのうえありません。

今いる辺りは、かつて右左府(うさっぷ)という地名でした。Webサイト「北海観光節」様の旅行記「錦秋日高路」(この日の行程の半分以上はここからパクった)で、この地域は右左府と呼んだ方がいいのではないか、という意見がありまして、実際その方がわかりやすそうですが、右左府という地名は知られていないので広めるのは無理そう……

とりあえず、この旅行記では日高町役場を中心としたエリアを「右左府」と呼んでいますので、ご注意ください。

右左府でまずやることは、夕食を済ませること。道の駅のすぐ隣にある寿司店「日本橋」さんに入店。寿司のほかに天ぷらや定食なども扱っているお店です。

お目当ては、特産の川魚・ヤマベを使った料理。お品書きをパッと見て、ヤマベ天丼(1,000円)を注文。

丼の見た目はどうしても地味になってしまいますが、味は流石といったところ。若造が寿司屋に対してあれやこれや言うのも気がひけますが、ヤマベは活きがよかったのか、しっかりと脂がのっていて美味でした。

実のところ、夕食は隣にある「ふじかみ」さんでとろうかと思っていました(だって一人で回らない寿司屋入る勇気が出るかわかんなかったんだもん)。が、5時すぎの段階だとやっていませんでした(ネットで収集した情報に誤記あり?)。が、店を出た5時台後半の時点では開いてるように見えました。参考までに……

その後はAコープでちょこっと買い物して(買い物より小銭用意が目的)、道の駅で座って休憩しました。

占冠にて

午後6時すぎ、先ほどバスを降りた地点に戻ります。同じところから、日高町営バスの占冠行きに乗ります。

このバスは、占冠駅でJRの特急列車と接続しています。その特急列車ですが、この年の8月31日の台風10号の影響で石勝線のトマム以東が不通となり、札幌~トマム間に臨時特急が3往復設定されました。バスはこれに合わせた臨時ダイヤでの運行となっていました。なので、普段は存在しない午後6時台の便が設定されているんです。

バスの発車は6時15分。まだ時間があるので、暇潰しに近くに止まっていたトヨタ・ハイエースでも眺めていようと目をやったら、そいつが占冠行きのバスでした。事前情報ではちゃんとしたバスの車両とのことでしたが、いつの間にかジャンボタクシーの車両になっていました。

発車2分前くらいに運転手が登場し、ハッチを開けてもらって乗り込みました。乗客は他になし。これじゃまるっきりタクシーじゃないか……。

バス(一応は「バス」なんだよコノヤロウ)は定時に出発。ボクは運転手の後ろに陣取りました。

しばらくは町を走りますが、すぐに町明かりが消え、暗い峠道に。占冠へは、峠を越えていきます。

バスは路面が濡れている上り坂を、徹底的な安全運転で上がっていきます。外はもう何も見えないので、ボクは運転に注視。これが次の日に「活きる」ことになるのですが、その話は後程……。

夜の峠を走ること約20分、ようやっと人里に出ました。占冠村の中心です。ずっと峠道だったからなのか、人口規模の割には町明かりが明るく感ぜられました。

占冠の本村を抜けて、占冠駅に予定通りの6時40分に着きました。


トマム始発・札幌行きの臨時特急までは、11分の乗り換え時間があります。

駅周辺は真っ暗なので、余計なことはせずに駅待合室で待って、頃合いを見計らってホームに……出たんですが、列車が来ない

列車の占冠発車予定時刻は18時51分。しかし、5分過ぎても来ない……。

と、ここで駅に放送がかかります。曰く、列車が東占冠信号場付近で、何かにぶつかったような音がして緊急停止し、車両点検中と……。

こういう時は数十分程度の遅れが出ることがある、というのがボクの認識です。ここで40分以上の遅れが出るとピンチに陥ってしまうので焦りを感じますが、できることは何もないので、待合室に戻ってのんびりしていました。

しばらくして運転再開を告げるアナウンスが流れました。「今運転再開したら、占冠到着は数分後だな」と高をくくってゆっくり準備体勢に入ったら……、次の瞬間、汽笛一声、列車が入ってきちゃいました。慌ててホームへ(1番線でホントよかったよ……)。

結局、先ほどの衝撃音はバードストライクによるものだったそうで、遅れは15分で済みました。シカとの接触だったら、こうはいかなかったでしょう。

運転には支障がないようで、列車は何事もなかったように占冠を発車。座席に座って、ほっとひと安心です。

I will 撤収

後は帰るだけです。まずは今乗ったトマム~札幌間の臨時特急で、隣の新夕張へ。そこから普通列車に乗り換えて帰ります。

本来であれば、占冠20:35発の特急スーパーとかち10号に乗ることになるため、どう頑張っても新夕張で普通列車に乗り継げません。特急列車が台風で運休になったために、ちょうどいい時間に占冠と新夕張に停まる臨時特急が設定され、右左府から札幌まで特急料金なしでうまいこと乗り継げるようになっていたのです。これを喜んでは、ホントはいけないんでしょうなぁ。

ところで、ボクは21年間も北海道で鉄道ファンやってるのに、石勝線の日高山脈越え区間はなんとこれが初乗車です。普通列車ばっかり乗ってるせいで、この区間に一切手が付いていなかったワケです。

しかも、ボクがキハ261系1000番台に乗るのも、これまた初めてのこと。初めてだらけです。

初めて乗る車両・路線で、ボクはその走りっぷりや乗り心地などをたっぷり味わっていました。

上り勾配でもグイグイ加速するパワー、それでいてキハ261系基本番台よりエンジンの揺れが少ない。今回乗った車両が平成27年製と新しいためでしょうか。ほか、基本番台は1エンジン車が混じっていますが、1000番台は全車2エンジンなので、クラッチ投入時の前後の揺れが少ない、というのも大きなポイントです。

ボクが乗った2号車の座席は当然グレードアップ座席。キハ283系の指定席より少しだけ固く感じましたが、これは単に新しい車だからでしょうか。

単線トンネルに突っ込むと、揺れる車体、そして座席。もうすごい勢いでイスがガタガタ音を立てます。なるほど、こんなところを全力で走ってるんだもの、キハ283が音をあげるわけだ。

車内は実に空いており、1人で4席を占領している人も多数いるほど。ボクも何の気兼ねもなく座席をリクライニングさせてくつろいでいました。この臨時特急が混んでいるところはほとんど見たことがなく、初期はたいてい7両編成だったのがいつの間に6両編成が基本になってましたorz

山越え区間の走りを十分すぎるほど体感したところで、新夕張駅に到着。


新夕張からは、かつての急行「夕張」(昭和42年まで準急。昭和47年10月ダイヤ改正で廃止)と同じルートで帰ります。

夕張は、道都・札幌と、昭和中期には10万都市だった夕張を、岩見沢・追分経由の「Z」の形のルートで結んでいました。「夕張」のライバルだった夕張鉄道の野幌~夕張本町間の急行列車ともども、バスとの競争に負けて消えていきました。

「夕張」廃止後も、札幌~夕張間を同じルートで結ぶ普通列車がありました。このうち午前の札幌行きと夕方の夕張行きの各1本は、急行夕張に近いスジで運行され、急行時代と同様に室蘭本線内でも通過運転をしていたほか、札幌~岩見沢間は快速列車でした(停車駅は、白石・厚別・大麻・野幌・江別)。この快速運転は、夕張よりも札幌近郊をターゲットとしたものと考えられ、昭和47年10月当時はこれ以外にも小樽~岩見沢間ではだいたい1時間に1本の快速がありました。

しかし昭和50年3月改正で夕方の夕張行きは普通列車となり、昭和53年10月の「ゴーサントオ」改正では札幌エリアから快速の文字が(一旦)消えました。

さらに昭和56年には石勝線が開業し、急行夕張のルートは意味を成さなくなりました……

え? なんでそんなに詳しいの、って? 当サイトの他コーナーのためのネタ集めでいろいろ調べたんすよ。

まあいいや。ともかく新夕張で30分ほどこの旅行記を綴りながら列車待ちの後、追分行きに乗車。当然ながらキハ40の単行で、生活利用はゼロと思われました。

途中の停車駅はふたつだけ。十三里と東追分は廃止されており、列車が停まらないのはもちろん、ホームもすでに撤去済み(暗いので見えなかっただけ?)

キハ40にしては快調に飛ばし(1回だけ動物との接触を避けるためか急ブレーキがありましたがね)、追分に到着。快調すぎて1分以上早着してたような気がしましたが、たぶんボクが時計を見間違えてただけです。

石勝線の列車はふだん1番線に発着しますが、この列車は切り欠きの4番線に停車しました。岩見沢に回送する関係でしょう。次の列車は3番線発車なので、階段を上らずに乗り換えできます。

岩見沢行きは同じくキハ40ですが、こちらは2両。追分では学生などが数名下車しましたが、車内にはまだ少ないながらも客がいました。

乗車中はひたすら暇なので、この旅行記を綴るか、乗り降りの観察をするかしていました。

三川で意外にも利用者があり、栗沢でも動きがあった一方で、かつての急行停車駅である由仁・栗山は日中とうってかわって乗降なし。

終着・岩見沢は3番線到着。室蘭本線は1番線という勝手なイメージを持っていましたが、到着列車は3番線入線が多いのです。

岩見沢ではまたしても30分程度の乗り換え待ち。改札付近のベンチでボーッとしてました。

この日のラストランナーは721系の3両。列車はいつもの通り石狩平野を駆け抜け、札幌市内へ。スタート地点の白石で下車。そして――

帰宅。

1日目「沙流川を遡った先に ~The blessing of an abundant river~」

  1. 1.日高線+バスで平取へ
  2. 2.二風谷①
  3. 3.二風谷②
  4. 4.日高町→占冠→札幌

2日目「新たな『道』を拓く ~Beyond the mountain pass~」

  1. 1.三浦綾子記念文学館
  2. 2.快速なよろとレンタカー
  3. 3.エコールなかがわ

3日目「はこだて今昔 ~In the beginning was the letter "H"~」

  1. 1.北斗84号
  2. 2.はこだてライナー
  3. 3.カリベビとハイカラ號
  4. 4.元町・ベイエリア散策
  5. 5.撤収&3日間の総括

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