旅行記1日目 / 中坊2人、道東へ赴く - ゲニウス(北)の北海鉄旅いいじゃないか
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中坊2人、道東へ赴く(平成21年3月20~22日)

※この旅行記は「番外編」です。他の旅行記は旅行直後にその旅の感想をつづっていますが、この旅行記は執筆時点(平成28年)から旅行当時(平成21年)を振り返って、記憶を引っ張り出しつつ書いています。記憶違いなどの可能性が高いのでご注意ください。

平成21年3月。ボクは、当時まだ中学生でした。

ある日、ボクの小学生時代からの友人で、現在はニコニコ生放送の生主などとして大活躍中(?)の黒吉さんという方が、「用事があるので、春分の日の3連休を使って道東に行きたい」とボクに持ちかけてきました。彼はボクが鉄道好きであることを知っており、鉄道知識があり移動慣れしているボクを連れて、青春18きっぷで安く道東に行くことを考えていたのです。

突拍子もない話だったので最初は尻ごみしました。しかも、当時ボクは部活をやっていたので、休みをあまりとりたくないという心情もありました。しかし考えてもみよ、まだ中学だったボクにとって、こんな面白い話はなかなかありません。

「何だっていい! 普通列車で旅行するチャンスだ!」……他サイト様の影響で普通列車旅にあこがれていたボクは、結局旅に同行することを決めました。

そして、3月20日。ボクの旅行人生の「原点」といえる、初めての普通列車旅行が、スタートするのでした。

1日目(平成21.3.20) 札幌エリア→知床斜里

本日の行程

※当時の時刻表が手元にないので、2011年8月の時刻表をもとに作成しています。列車番号や細かい時刻が当時と異なる場合がございます。ご了承ください。

移動手段乗車(移動開始)出発時刻下車(到着地点)到着時刻
函館本線普通921D(出発駅は伏せます)-滝川7:55
根室本線快速3425D滝川8:05富良野9:09
快速狩勝3427D富良野9:20帯広11:28
根室本線普通2527D帯広12:44白糠15:08
特急スーパーおおぞら5号白糠15:25釧路15:44
釧網本線普通4740D釧路15:50知床斜里18:06

全ての始まり

朝7時前。2人は、函館本線下りの始発列車である、旭川行きの普通列車に揺られていました。

この日のゴール地点は、知床斜里駅。ボクが立てた計画は、滝川から根室本線で釧路、そこから釧網本線で斜里に向かうルートでした。

石北本線や石勝線経由だと到着が遅すぎるので、中学生の旅行としてはふさわしくないとの判断でした。ちなみに、黒吉さんの家族からは深夜バスの利用を提案されましたが、札幌の中心部で深夜に行動するのも好ましくないと思い棄却させていただきました。結果、かなりの遠回りをすることになりました。遠回りはきっぱーの基本。

キハ40系の2両編成は、乗車した時点でかなり混雑しており、滝川まで立ちでの移動となりました。春の18きっぷシーズンで、3連休の初日とあっては、当然といったところ。

この時点では家族連れ以外での旅行の経験はなく、キハ40系にも2回ほどしか乗ったことがありませんでした。鈍重な加速、エンジンの音、古めかしい内装など、すべてが新鮮でした。

天気はあいにくの曇り空。そんな中を、一歩ずつ滝川へと向かっていきました。

根室本線

8時ころ、滝川駅に到着。根室本線の快速列車に乗り換えます。

周りにつられて、ダッシュで跨線橋を渡ります。富良野行きはまたしてもキハ40系、しかも今度は1両です。いよいよ本格的にローカル線での移動となります。

進行方向と逆側ながら、座席をなんとか確保。列車は定刻に滝川を発車。

途中の茂尻で対向列車遅れの影響で数分の遅れが出ましたが、それ以外はトラブルなく走行していました。遅れもせいぜい3分程度で、その後の乗り換えには影響なかったため、特に気にせず乗っていたと記憶しています。

事前にネットで景色のいい地点を押さえていましたが、座ったのが進行方向右側の座席だったため、そこまで景色は楽しめませんでした。この区間は富良野に向かって左側のほうが景色がいいのを知ったのは、後に何度かこの区間を利用してからでした。

長いトンネルを抜け、しばらくすると富良野に到着。隣に停まっている帯広行きの快速狩勝に乗り換え。

キハ150形の単行。人生初のキハ150形です。以前家族旅行で富良野線を利用したことがありましたが、その時は全区間をノロッコで移動したため、キハ150には一切乗っていません。

列車はやっぱり混雑しており、乗車時点では座席は確保できず。

キハ150形は一般型としては強力な気動車。キハ40よりも力強い走りを体感していました。

発車後、優しい旅人の方が座席を空けてくれたので、着席。進行方向右側なので、これまた景色はいまひとつ。

かなやま湖や狩勝峠などの景色を眺める一方で、石勝線との共用区間では何度か信号場で停車したので、退屈に感じていたのも事実。座席が固いのも、辛さを感じる要因でした。

新得を過ぎ、しばらくすると、ずっと山や防風林ばかりだった車窓が一気に垢抜けます。帯広の市街地に入りました。ひさびさの都会的な風景にちょっとホッとしたり。

そして11時半ころ、帯広に到着。

道東を駆ける

帯広では列車待ちの時間を使って昼食。駅弁の豚丼弁当を買いました。

待合室で実食。ヒモを引いて数分待つと、熱い湯気と、おいしそうなにおいが漂ってきました。ただ同時に弁当を置いていたイスに水たまりができちゃって、その始末にアタフタ。

もうとにかくおいしかったのをよく覚えています。どうおいしかったかはさすがに7年も前の話なので忘れましたが。いつか今度はお店で食おうと思いました……が、初版執筆の時点で未だ実現せず。

さて移動再開。釧路行きの普通列車に乗車。車両はやっぱりキハ40系の単行。

そこまでの混雑はなく、狙い通り進行方向右側の座席を確保。池田までに乗客の半数以上が降り、残ったのは旅人+α程度。

池田で8分ほどの停車時間があり、ちょっとダルくなってきていました。その後も、曇り空で、3月という半端な時期なので景色も今一つで、キハ40は遅くて座席も固くて、とダルい要素が満点でした。

黒吉さんはほとんど寝てましたね。でもボクは退屈と思いながらも起きていました。車窓を見るポリシーは当時から持っていたからです。というか、それ以上に、たとえ退屈さを感じようとも、普通列車の旅を心底楽しんでいるボクが、そこにはいました。

厚内のあたりで太平洋とご対面。黒吉さんからは「海が見えたら起こしてくれ」と言われていましたが、曇り空なので海がきれいじゃなかったのと、気持ちよさそうに寝ていたのとで、起こす気になりませんでした。

海が見えると、静かな車内にはシャッター音が響き渡りました。鉄道ファンはどこでも元気なご様子。また古瀬駅で降りる方もおり、いろいろな鉄道ファンが入り混じっていたご様子。

さてボクらはその古瀬の次、白糠で下車。

スーパーおおぞら

白糠で降りたのにはワケがあります。まさか鍛高譚ではありません、ボクらは当時中学生です。つーか2人とも酒飲みじゃないんで、仮に今白糠に行っても飲まんでしょうな。

今乗っていた列車でそのまま釧路に行ってしまうと、4時ころに釧路を発車する釧網本線の列車に間に合わず、長時間の列車待ちを余儀なくされます。夜8時台まで移動するハメになるので、中学生だったボクとしては避けたい列車待ちです。

そのため、白糠から釧路まで別料金で特急を使って、乗り換えを強引に間に合わせるという方法をとりました。いわゆる「特急ワープ」ですね。

というわけで、駅のみどりの窓口で乗車券と自由席特急券を購入。あのとき優しく応対してくださった駅員の方は、今も元気にしているでしょうか。

駅員に自由席の乗車口を教えてもらい、時間になったらホームへ。数分後、雪がちらつく中、特急スーパーおおぞら5号が滑り込んできました。

ずっとキハ40に揺られてきたので、最高130km/h(当時)で駆け抜け、座席もいいキハ283系に乗っていると新鮮で、気分も上々でした。ちなみにこれがボクにとってキハ283系初乗車です。

すぐに釧路到着。さすがの速さです。

釧網本線

釧路では地下通路を通ってホーム移動。網走行き普通列車に乗車。これまた初めてのキハ54形。座席の座り心地がキハ40と比べて段違いに良いことに感動していました。

とここでアクシデント。荷物が足りない。荷物の一部を先ほどの特急の車内に忘れてしまったのです。慌てて戻り、車内清掃中の車両に押し入って(今思うととんでもないことしたなあ)荷物を回収して、ダッシュで戻りました。生きた心地がしませんでした。

さて列車は網走に向け発車。しばらくはやらかしの影響で気もそぞろという状態で、視線も定まらず、景色どころではありませんでした。しかも3月なのでまだ日没が早く、すぐに暗くなって景色どころではない状態に。

道東と言えばエゾシカ大国。線路上に居座るシカのために、列車は何度も非常ブレーキを扱って減速。この影響で5分ほどの遅れが出ました。

しかし、運転手の頑張りで、斜里に着くころには遅れはほぼ回復。素直にカッコイイと思っていました。

外はすでに暗闇。静かな町明かりの中、列車は飛ばしていました。

そして、目的の知床斜里駅に到着。ここで連泊です。

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