歴史③ / 札幌~新千歳空港 快速「エアポート」など - ゲニウス(北)の北海鉄旅いいじゃないか
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札幌~新千歳空港間・歴史 第3章 北の新スター・エアポート / 北の特急(+α)図鑑

黎明期の空港アクセス快速

前章で述べた通り、国鉄時代~JR初期における札幌~千歳空港間の輸送は、特急列車が主流で、急行・普通列車がそれを補う形となっていました。

しかし、あくまで脇役ではありますが、この区間にも当時から快速列車(またはそれに準ずる存在)がありました。

千歳空港駅ができた昭和55年10月のダイヤ改正では、朝に上り1本だけですが、通過運転をする普通列車(1726M)が存在しました。この列車は手稲始発、札幌経由、千歳空港行き。手稲6:46発で、手稲から札幌まで各駅停車(といっても当時のこの区間の途中駅は琴似と桑園だけ)、札幌7:00着・7:05発、白石7:13発、新札幌7:18発、千歳空港7:42着でした。札幌以降は停車駅を徹底的に絞ってありますが、時刻表には「快速」とは書いていませんでした。

翌年10月の改正では、札幌~千歳空港間に快速列車が設定されました。午前の千歳空港行きと夜の札幌方面行き各2本の設定で、車両はいずれも711系、札幌~千歳空港間の途中停車駅は白石・新札幌・北広島・千歳です。

昭和61年11月の時点では、快速の本数は2往復と変わっていないものの、札幌方面行きが午前1本・夜1本となりました。このうち午前の札幌行きはなぜか気動車になっちゃいました。

昭和56年のダイヤだと、快速は基本的に特急・急行の運行間隔が空く時間に入っており、優等列車の補佐となっているのがわかります。朝の空港行きも、直後の特急・急行への乗客集中を避ける目的が見て取れます。

ですが、昭和61年のダイヤでは、空港行きは特急のない時間を埋める形で入っていますが、札幌方面行きは午前の便が特急の直前、夜の便が特急(しかもホワイトアロー)の直後です。となると、混雑する列車の補佐といったあたりでしょうか。


国鉄分割民営化後の昭和63年3月13日のダイヤ改正で、JR北海道は新たに快速「空港ライナー」を設定しました。2往復だった札幌~千歳空港間の快速を8往復に増発する形で設定され、愛称も付きました。ただし、小樽に直通し、小樽まで(から)快速運転をする列車は「マリンライナー」という名称でした。停車駅はそれまでの快速と同じで、所要時間は最速37分、標準40分程度でした。

本数は時間帯によってばらつきがあり、1時間に2本あったり、3時間ほど無かったりしますが、特急・急行と合わせるとだいたい20~30分に1本となり、速達列車の運行頻度が上がってだいぶ使いやすくなりました。

ただ、なんでか知りませんがまだ気動車の快速がのさばっていて(しかも前と違って空港方面行き。ややこしい)、札幌から空港まで45分もかかりやがるんです。一体なんなのでしょう。

千歳線には、これを含めて気動車の普通列車がまだ何本か残っていました(千歳始終着の石勝線の普通列車はもちろん全部気動車ですが、それは省いた話です)。昭和61年の時点でほとんど消滅していましたが、この時点では全廃とはいきませんでした。


図1:721系3000番台6両固定編成。現在は130km/h運転対応工事および機器更新工事を受けています。当初は基本番台・100番台でしたが、130km/h対応化の際3000番台に改番

その昭和63年11月ダイヤ改正では、JR北海道初となる新型近郊電車・721系が登場しました。

最高速度120km/h、設計最高速度130km/h、起動加速度2.2km/h/s(真偽は調査中)と、それまで運行されていた711系電車を大きく上回る走行性能を誇り、千歳線を走る多数の特急の邪魔にならないように走れ、各駅停車から快速までこなせる力を持っています。加えて、「空港アクセス」と「通勤輸送」の両方に対応し、かつ冬季の車内を保温するべく、3ドア・デッキ付き・転換クロスシートという、JR北海道ならではの仕様となりました。

その他、北海道の一般型列車では初となる冷房を設置し、その他にも様々な新機軸を盛り込んでの登場です。

この改正で、千歳線の普通・快速列車(千歳~追分方面間の列車を除く)はすべて電車化されました。これは、高速で走る特急列車の運行を確保するため、足の遅い列車を設定しないようにするという目的が大きいです。

さらに、改正と同時に札幌駅の高架化および札幌~苗穂間の複々線化が完了し、すでに複々線となっていた苗穂~白石間と合わせて函館本線と千歳線の列車を完全に分離できるようになり、千歳線の増発が実現しました。

この改正で、空港ライナーなどの快速列車は13.5往復となり、特急・急行と合わせておおむね1時間に3本程度の運行頻度となりました。快速の所要時間も、札幌~千歳空港間で最速33分となりました。また、苫小牧に直通する便も登場しました。

また、新たな停車パターンの便が午前の札幌方面行きと夜の千歳空港行きのみ設定されました。停車駅は札幌側から「新札幌・北広島からの各駅(ただし一部は長都通過)」です。停車駅が増えている一方、白石は通過となっており、空港というよりは広島・恵庭・千歳といった札幌近郊の都市の住民をターゲットとした停車駅設定といえます。札幌~千歳空港間の途中駅で特急に抜かれる列車もあることからも、このタイプの快速は「空港ライナー」と言いながら明らかに空港アクセスを考えていないことがわかります。

「新千歳空港」へ、ターミナルビルの移転

図2:千歳線の列車内から見る新千歳空港

戦後、羽田~千歳便をはじめとして、各方面への飛行機が発着する北海道最大の空のターミナルとなった千歳飛行場。しかし、それゆえに新たな問題が発生しました。

それは、空港自体が手狭となってしまい、飛行機の運行に差し障りが出てきてしまったということ。

軍が使用していたという経歴を持ち、民間開放後も軍・民が共同で使用してきた千歳飛行場。民間利用開始当時は、そのお陰で充実した設備を活用できるというメリットでしたが、民間の飛行機が増え続け、お互いが邪魔になってしまいました。

そこで、千歳飛行場の南に新しい滑走路を造成し、それに隣接する新ターミナルビルを設置して、民間の飛行機はそちらに移行することになりました。

こうして平成4年7月1日にオープンしたのが、新千歳空港です。

なお余談ですが、正式名称は「新」千歳空港ですが、以前から「千歳空港」と呼び慣らしてきた北海道民は、現在でも「千歳空港」あるいは単に「千歳」と呼ぶことがありますが、これはふつう新千歳空港を指します。また、年配の方を中心に「飛行場」という表現もまだ使われ、JRの車掌にも「飛行場をご利用の方は……」とアナウンスする方がいらっしゃいます。


「列車を降りたら、そこはエアポート」。これを合言葉に、同日に開業したのが、JR新千歳空港駅です。

それまでの千歳空港駅は旧ターミナルビルに接続していましたが、ビルが移転したのに伴って、同駅を「南千歳駅」に改称したうえで、南千歳から分岐する地下線が建設され、新千歳空港ターミナルビルに直結する地下駅として新千歳空港駅が設けられました。

新たに地下線を建設するというのは、当初から資本体力に余裕のなかったJR北海道としてはかなり思い切った選択でした。地下鉄道は建設費がかさむため、十分な需要が見込めなければ、投資が裏目となってしまうのです。

建設費を抑えるため、空港支線は「単線」「一閉塞」「6両編成まで対応」という必要十分の設備となりました。ただし、地下トンネルは一定の広さを確保したことで、いわゆる「地下鉄」とは違って地下鉄対応車両でなくても入線できる仕様となっています。

空港駅の内装は、デンマーク国鉄と共同でデザインされました。随所に北欧チックな雰囲気を感じるデザインで、気候の似ている北海道の玄関口にマッチしていると思います(感想じゃんコレ)。

JR北海道とデンマーク国鉄は、地域の気候だけでなく鉄道(気動車が多い)・沿線人口の面でも共通点が多いという縁があったことから、平成2年から姉妹鉄道となっていました。デンマーク国鉄が得意とするデザイン力を出してもらう代わりに、日本の鉄道のお家芸である運行管理や、ハード面の技術を提供することで、互いの鉄道の発展を目指すこととなりました。その一環が、この共同デザインでした。

こうして、空港とそのアクセス駅という、新しい北の玄関口が誕生しました。それはそして、JR北海道の新たなスターの船出の瞬間でもありました。

快速「エアポート」登場

図3:エアポートの現在の前面幕は「快速エアポート」の表記ですが、かつては「快速」幕で走っていました。当初はヘッドマークが存在していました

新千歳空港駅が開業した平成4年7月1日のダイヤ改正で、快速「エアポート」が、「空港ライナー」を発展させる形で登場しました。

以前は千歳線の本線上に空港アクセス駅があったので、札幌から室蘭・函館方面、あるいは帯広・釧路方面への特急を空港アクセス列車として機能させることができました。しかし、新千歳空港駅へは支線を通る必要があります。そこで、本線系統の特急と、空港アクセス用の快速を分離することとしたのです。

15分間隔で、札幌から空港まで標準36分。現在まで連綿と受け継がれているエアポートの基本型は、このとき完成しました。

車両は、前身の「空港ライナー」としても使われ、現在でもエアポートの主力の一翼である721系と、特急型の781系がそれぞれ日中1時間あたり2往復ぶんを担当していました。

721系充当分のうち毎時1往復は小樽に直通。札幌西部や小樽市内からの空港利用が便利になりました。新千歳空港~小樽間の所要時間は、空港発が1時間10分、空港行きが1時間8分でした。

781系充当分のうち毎時1往復は、札幌で進路を変えて、札幌~旭川間をL特急「ライラック」として運転されました。札幌を境に特急が快速に種別変更するという、珍しい運行形態が生まれました。新千歳空港~旭川間の所要時間は、空港発が2時間13分、空港行きが2時間10分でした。

ライラック用の781系はエアポートとして使用されることを考慮して、4両中3両のドアを片側1か所から2か所に増やすほか、ドア付近の座席を1+1列に減らして立ち客に配慮するなどの改造が行われました。

基本的な停車駅は空港ライナー時代とおおむね同じ、「札幌・新札幌・北広島・千歳・南千歳・新千歳空港」。ただし、早朝の空港行き3本と夜の札幌方面行き4本を除いて白石を通過するようになりました。白石停車便を残したのは、江別方面との乗り換えの便宜を図るためでしょう。まあ、札幌~白石間だけの利用も想定されているかもですが。

エアポートには指定席も設定され、空港客の着席ニーズに応えました。

当初は、721系の場合は札幌~新千歳空港間のみ3号車の半室、781系の場合は1号車の半室が指定席で、指定席を利用できるのは札幌~新千歳空港間を乗り通す乗客のみ(旭川直通列車を除きます)。白石に停まる便は全区間全車自由席でした。

この空港アクセス列車の大増発に備えて、721系5次車が製造されました。主にエアポートに入ることを念頭に、北海道の近郊型車両で初めての6両固定編成としました(3両編成としなかったのは、単純に製造費を抑える目的と思われます)。

また、エアポートのほかに朝晩のみ空港直通の普通列車が設定されており、このうち2往復は711系の運用でした。


快速エアポートは、札幌~新千歳空港間のシェアのうち約5割をいきなり獲得するという、上々のスタートを切りました。エアポートは、ここから一気に北のスター列車へと駆け上がっていくのです。

また、北広島・千歳にとってもこの列車は使いやすく、エアポートは都市圏輸送でも力を発揮しました。これにより、並行する中央バスの千歳線は勢力を弱めることとなります。

大胆な投資をしたJRでしたが、大量輸送という鉄道の強みを最大限に活かして乗客・利益を大きく伸ばすことに成功し、このプロジェクトは大成功に終わったといえるでしょう。

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