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「輸送密度」への違和感(平成30年8月29日)

残された時間は、もう長くはありません。

どんどん追いつめられているJR北海道。しかし、そんな中でも一定の鉄道路線網を維持せねばなりません。そのためには、「単独維持が困難な路線」について一刻も早く方向性を固め、存続させるならば補助のスキームをつくる必要があります。そろそろ、議論を加速させていかなければなりません。

議論の中で頻繁に出てくるキーワードが、「輸送密度」。JR北海道はこの「輸送密度」を基準に、「200未満」「200以上・2000未満」「2000以上」の3つに路線を分類しています。2000以上の区間は単独維持可能とする一方、2000を下回る区間は単独維持ができないため、地域の支援を求めています。200未満の区間は、廃止を提案しています。

また、報道やネットの記事・書き込みなどでも、輸送密度を根拠にした意見が多く見られます。

感情論やマニア論ではない、具体的な数字を挙げての議論は傾聴に値しますが、ただ――

本当に、輸送密度だけを見ればいいのでしょうか。そんな疑問をボクは抱えています。

そもそも「輸送密度」とは?

今更ではありますが、「輸送密度って何?」というのを念のため説明します。

輸送密度とは、一言で言えば断面交通量の指標です。

たとえば、利用者が1日100万人の鉄道路線があったとして、全員が乗った次の駅で降りるのと、全員が始発から終着まで乗り通すのとでは、全く違いますよね。

交通量を計るには、利用者の数だけでなく、乗った距離を勘定に入れる必要があります。

そこで、「(利用者数×一人当たりの平均乗車距離)/路線の距離」を計算し、路線・区間の平均交通量を調べるのです。これが、輸送密度です。

旅客について計算したものは「旅客輸送密度」または「平均通過人員」、貨物について計算したものは「貨物輸送密度」と呼ばれます。


毎度毎度言っていますが、鉄道は「大量輸送機関」です。すなわち、旅客や貨物を大量に運ぶことで、その持ち味を発揮できる交通機関です。

輸送密度という尺度を使えば、鉄道がどれくらいたくさんの人や物を運んでいるか、ということを大体把握することができます。それゆえ、路線の存廃を考える時、輸送密度は「鉄道を残す価値があるかどうか」を判断する指標にもなります。

かつて、国鉄が計画した合理化施策の「赤字83線」や「特定地方交通線」では、この輸送密度が基準として用いられました。

そして今回も、JR北海道は輸送密度でもって路線を分類し、再編のための行動を始めたのです。

貨物の「輸送密度」はいずこへ?

「鉄道の断面交通量が大体わかるのなら、それで一律に決めちゃえばいいのでは?」

いいえ、まだ話は終わっていません。

鉄道の存廃議論でしばしば参照される「輸送密度」は、「旅客輸送密度」です。貨物輸送密度は触れられないことが多いように思います。

JR北海道も、旅客輸送密度は発表していますが、貨物輸送密度は非公表です。

貨物列車が走っている区間では、旅客だけでなく貨物の実績も見るべきです。たとえば、同じ根室本線、かつ輸送密度が同程度の滝川~富良野間と釧路~根室間でも、前者は貨物列車が季節限定ながら走っており、後者にはない、という差があります。

旅客・貨物の両方を検討した上で、「存続」「旅客だけ存続」「貨物だけ存続」「路線廃止」などの結論を導くべきでしょう。


輸送密度の問題に限らず、日本で鉄道の話題が出ると、旅客輸送の話に囚われてしまい、貨物のことをこっきり忘れてしまう人が多いと思うんです。

青函トンネルの件についても、新幹線の高速化(しかも4時間切れない)ばかりが注目され、その裏で貨物列車が日夜多くのコンテナを運んでいることを無視または軽視している人ばかりです。本数で倍近く水をあけられており、列車の長さにも決定的な差があり、輸送効率も当然負けているにも関わらず、新幹線を優先すべきだとする意見が未だに出続けていることには、驚きを隠せません。

鉄道はもともと貨物を運ぶための交通手段として誕生したのです。それが、日本では旅客輸送を中心に発展し、山手線・東海道本線に代表される通勤・近郊輸送や、新幹線をはじめとした都市間高速輸送で圧倒的な力を発揮している一方で、島国であること、平地が少ないこと、地盤が緩く機関車の軸重を増やせないことなどにより貨物輸送は大陸諸国ほど伸びませんでした。

このせいで、「鉄道は旅客のためのもので、貨物はオマケ」と勘違いしている人が多いんじゃないかな、と思っています。

しかし、貨物列車もわが国の経済の大事なパーツです。貨物列車も、主要幹線では大量輸送という特性を活かし、鉄道としての役割をじゅうぶんに果たしています。話を旅客輸送だけに単純化させず、広い視野で旅客・貨物の双方を見渡しましょう。

輸送密度は恣意的に操作できる

輸送密度は、ふつう路線ごとに計算します。全国平均を見たって全く意味がありませんからね。

また、同じ路線であっても、いくつかの区間に区切ってそれぞれの値を計算することがあります。たとえば函館本線は、札幌エリアに属する小樽~岩見沢間、札幌からは離れているけれど都市間輸送に重要な役目を果たしている函館~長万部間・岩見沢~旭川間、ローカル区間の長万部~小樽間と、区間ごとに性格が全然違います。それゆえ、JR北海道はこの4区間を合算せず、別々に輸送密度を計算しています。

しかし、問題があります。輸送密度は区間の区切り方によって違う値が出るのです。

たとえば根室本線の滝川~新得間は、JR北海道の資料では富良野で区切った値が掲載されており、滝川口が400以上、新得口が200以下となっています。これを区切らずに滝川~新得間で計算(直通列車もあるので無理筋とは言えません)した場合、乗客がそこそこ乗っているのが滝川~芦別間くらいなので、おそらくは輸送密度が300を割り込みます。結果、滝川~新得間がまとめて「廃止対象路線」となってしまう可能性があります。

逆に、富良野線は旭川~美瑛間の通学客が道内ローカル線ではかなり多い部類に入るため、資料では輸送密度が全線通しで計算されているところ、これを美瑛で区切ると旭川~美瑛では2000を超える可能性があります。

やろうと思えば、たとえば室蘭本線の沼ノ端~岩見沢間を志文で区切って、沼ノ端~志文間の輸送密度を恣意的に落とす、なんてことも可能です。逆に、留萌本線を北一已で区切って深川~北一已間だけ守る、とかもできます。

試しに、JR東日本の輸送密度を調べてみてください。「え、そこで区切るの?」「じゃあなんでこの路線は途中で区切ってないの?」の連続です。その裏に何か意図があるんじゃないか、と勘繰った瞬間、この段落でボクが言いたいことがわかると思います。

路線部分廃止で輸送密度は変わる

輸送密度は、不変のものではありません。沿線の人口が減ったり、環境が変わったりすれば、当然変化します。

ということは、その路線に接続している路線が廃止になると、輸送密度も影響を受ける、ということが言えますよね。

石勝線・根室本線の南千歳~帯広~釧路間を例にとります。帯広以西の輸送密度は4085、以東は2073です(数値は平成28年1~8月平均)。近年の需要減少を考えると、おそらく平成30年度の輸送密度はそれぞれ4000・2000を割っているでしょう。

ここで、帯広以東が沿線・三セクとの協議が決裂し廃止になってしまったとしましょう。このとき、「帯広以西は輸送密度が4000くらいあるから単独維持可能」と言えるでしょうか。

帯広以東の利用者の大半が、帯広をまたぐ特急利用者と考えられます。それを考えると、南千歳~帯広間の輸送密度は千数百程度落ち込むでしょう。さらに、札幌~帯広間の特急列車の本数が減ってしまうのも確実で、そうなるとさらに数百単位で輸送密度が落ちるでしょう。

もし帯広以東を廃止したら、帯広以西も輸送密度2000を下回ってしまう可能性があります。そうなれば、現在のJR北海道の基準で行くと「単独維持可能」ではなくなってしまいます。

このように、現在では輸送密度が基準を超えていても、直通路線の廃止により輸送密度が大きく減少することがあります。

環境の変化によって輸送密度が大きく変化することがある以上、現在の輸送密度だけを基準にして一律に路線の存廃を決めることは、適切だとは考えられません。

輸送密度だけでは路線の性質はわからない

輸送密度はあくまで「交通量」の指標です。その中身までは、輸送密度だけでは分かりません。

鉄道は、通勤・通学輸送、近郊輸送、都市間輸送と、さまざまな種類の輸送を担います。どれがメインの区間なのかによって、路線の意味合いは異なってきます。

たとえば、花咲線と、室蘭本線の沼ノ端~岩見沢間(以下、「岩苫区間」)は、輸送密度は近いですが、路線の性格は全然違います。JR北海道のWebサイトの「線区データ」を見ると、花咲線は定期外旅客が全区間を通して一定の割合を占めていることから、釧路~根室の都市間を移動する長距離の乗客の割合が高いことがわかります。一方、岩苫区間は岩見沢~栗山間と苫小牧~早来間の定期旅客が多い一方で、特に早来~由仁間で定期旅客の需要が大きく落ち込むこと、および全区間を通して定期外旅客が少ないことから、都市間輸送の需要が細い、岩見沢・苫小牧近郊の通学がメインの路線であることがわかります。

前者は都市間輸送の需要があるため、鉄道の持つ「高速性」という長所を発揮して、道東エリアのビジネス・観光の動脈として路線を活かすことが考えられます。一方、短距離利用がメインの後者は、列車本数を増やしてフリークエンシーを高めなければ道路交通に対して有利に戦うことができないことから、通学客以外の乗客を確保することが難しく、学生人口が減れば路線の需要もどんどん減っていくでしょう。

路線の性質によって、鉄道の強み(大量・高速・高頻度)を活かせるか否かは変わってきます。ここからも、単純に輸送密度で区切るのではなく、路線がどんな風に利用されているか、ということを明らかにして、場合分けをして検討する必要があります。

(以下余談)岩苫ついでに関係ない話をば。現在千歳線の輸送力が逼迫しており、増え続ける快速エアポートの需要を捌くために対策が急がれています。そんな中、貨物列車を岩苫区間に逃がして線路容量を空けろ、と言っている人たちがいるらしいです。しかし、貨物だってスピードが重要ですし、札幌貨物ターミナルは札幌・白石区の「流通センター」という物流の拠点として非常に重要な場所にあります。どうして迂回ルートが許されると思うのか、どうして札幌貨物ターミナルを外せると思うのか、甚だ疑問に思っています。(余談おわり)

あくまで「一つのデータ」として使うべき

別に輸送密度というものを否定したいわけではありません。繰り返しにはなりますが、鉄道の「大量」という長所をどれだけ生かせているかの一つの尺度であることは間違いありません。

でも、輸送密度「だけ」では全てを語れません。ボクが言いたいのはこのことです。

JR北海道が公表している「線区データ」、何のためにあると思いますか? 最新の輸送密度だけでなく、輸送密度の推移、定期・定期外旅客の数、各列車の乗客数、定期券の発売実績などなど……。どれも、いろんな方向から路線を理解し、その路線のあり方を考えるために重要なんです。

せっかくこれだけのデータがあるんです。それに、実際に乗ったりして、さらに深く調べることもできます。一つの数字だけで話を片付けるのではなく、次元を一次元から二次元、そして三次元へと広げて、議論を深めていきましょう。

地方経済の収縮。高速道路の開業。労働力不足。そして、JR北海道の経営難。北海道、とりわけ道東・道北・オホーツク地方の鉄道にとっては、暗いニュースばかりが続く状況です。

だからこそ、今、今、今まさに、自分たちの地域の未来を決めるための議論が必要です。先延ばしはもはや不可能です。

といっても、焦らず、一つの指標だけにクギ付けにならず、結論を固定せず、理性的に、論理的に話を進めていく必要があります。

いつもながら拙い文章だったとは思いますが、少しでもこのページが皆さんの助けになればと……。

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