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さようなら、キハ285系(平成30年3月9日)

試作車が製造されたにもかかわらず開発中止の憂き目にあったという、前代未聞の迷列車、JR北海道キハ285系。この試作車ですが、残念ながら活用されないまま廃車解体となってしまいました。

今回は、在りし日のキハ285系の画像を公開しつつ、ちょっと解説のような何かをしてまいります。今更なネタではありますが……。

※この記事は平成30年3月9日公開の新規記事として公開していますが、実質的には平成26年11月12日に公開した記事「こんにちは、キハ285系」を改題したうえで、全面改稿を行ったものです。内容が以前と全然違ううえ、初版執筆以降に判明した情報も新たに掲載したので、「新規記事」扱いにします。

※平成30年3月9日公開時点の本記事は投資における「損切り」を例にキハ285系の顛末を解説していましたが、「コンコルド」を例にした解説の方が適切だということに気付いたので、平成30年11月6日に一部改稿しました。

生前のキハ285系のようす

まずは画像ラッシュでございます。

全て、駅の西にある跨線橋の上から撮影。つーか、そこか列車内から撮るかしかないですよね。

1枚目は、斜めから。今までの車両とは違う前面形状が特徴的で、最初は「なんだこりゃ」と思いましたが、これはこれで愛くるしいなあ、と思い始めているのもまた事実。……つーかこの時点で車体がすげぇ傾いてる。さすがハイブリッド車体傾斜システム。

で、次は正面から。試運転ではないので、ヘッドマークは掲出していません。本来なら、「スーパー北斗」が掲出されるべきだったのでしょうが……。

しばらく車両を眺めていると、丁度入れ替えを行っていたので、キハ285系を移動させる場面がありました。その写真がこちら。DE15 2516に牽引されて移動している様子です。実はこの機関車の存在をこの日初めて知りました。

その後しばらくして、函館線をマヤ検が走り抜けていきました。何の因果か、当時キハ285系が置き換え対象としていたマヤ34形との邂逅です。まあ、キハ285系による置き換えは実現しなかったワケですが……。というかこの写真、金網が写ってしまっていますね……。

キハ285系の費用は「サンクコスト」である

さて、このせっかく作ったキハ285系ですが、先述の通り開発中止となり廃車解体されてしまったワケです。

速達化のために開発されたもろもろの技術は、結局活かされることなくお蔵入りとなってしまいました。

試作車についても、検測車への改造など、何らかの形で活用されるのではないかと様々噂されていましたが、結局なんにも使わないままご臨終。かわいそうないりは博士……。

この3両を造るのにかかった資金は、もろもろ込みで25億円程度らしいです。速達化への夢がつまった大金が、一瞬にしてバランスシートの左側から姿を消してしまいました。

ピカピカの新車と、25億円という資金。そのまま捨てるにはあまりにもったいないな。どうしてもそう感じてしまいます。

というか鉄道史にとんでもない1ページを書き込んでしまったワケで、道民として、鉄道ファンとしてすごいイヤな気分です。

このキハ285系の開発中止そして廃車、どう理解すべきでしょうか。


突然ですが、皆さんは「サンクコスト」という言葉を聞いたことがあるでしょうか。

サンクコスト(sunk cost)とは、「ある事業を進めるために投下した費用で、その事業を継続しても、逆に縮小・中止しても回収できない費用」のことです。日本語で言うと「埋没費用」です。

今触れましたキハ285系の開発・試作車製造にかかった25億円という費用は、この「サンクコスト」なんです。


サンクコストについて、ちょっと喩え話で掘り下げてみましょう。

たとえば、あなたがJRの回数券を買ったとします。3か月間に6回同じ場所に行く用事があるので、回数券を買うと交通費が安くなるからです。

ところが、回数券を1往復ぶん使った後に、北海道胆振東部地震が発生。この影響で、6回あったはずの用事が4回に減ってしまいました。回数券は3枚余ってしまいます。元を取るためには、あと1往復使わなければなりません。

でも、あなたは他にその場所に行く用事がありません。つまり、回数券を使う機会がないんです。

そのため、「回数券を使わないと、回数券を買ったお金が無駄になる」と思って、無理矢理用事を作って、回数券を2枚使ってその場所に1回行きました。そのために時間をかけて、しかも無理矢理作った用事をこなすためにお金を使ってしまいました――

……今、「何が『使ってしまいました』なのか、別に回数券の元を取ったんだからいいべや」と思った方。あなたはドツボにハマっています。

この喩えで、「回数券を買った費用」はまさしくサンクコストですよね。使った枚数に関わらず値段は普通運賃10回分で固定で、しかも1枚でも使ったら払い戻しはできません。用事を無理矢理作ろうが作るまいが、支払った交通費は同じなんです。

交通費はもはやどうあがいても変わらない。なのに、この喩え話で、あなたは「元を取らなきゃ」と用事を無駄に作ってしまっています。そのための時間とお金をかけても、回数券2枚分のお金が戻ってくるわけではありませんし、無理矢理作った用事からは得られるものはありません。

……つまり、回数券を買ったお金は、もう計算に入れちゃいけないんです。「どうやったら無駄が少なくなるか」を計算するには、「回数券を使わずに家に居て、暖房を付けてチョコミントアイスを食べる費用・効果」と「無理矢理用事を作って回数券2枚を使うことによる費用・効果」とを比較するべきなんです。

まあチョコミントアイスはたとえばの話ですが、要するに無理矢理用事なんか作らなければ、好きなことに時間を使えるわけで、どう考えてもそっちの方がお得ですよね。回数券のことは、もう忘れた方がいいんです。

このように、サンクコストというのは今さらどうすることもできないので、計算に入れてはいけないんです。ついつい「投下した費用がもったいない」という思考に陥りがちですが、そうするとさらに無駄なコストをかけることになってしまうんです。


サンクコストの有名な事例として、超音速旅客飛行機「コンコルド」があります。

コンコルドは、まさしく「技術のカタマリ」でした。従来の飛行機よりもはるかに短い時間で都市と都市を結び、世界を縮めました。

しかし、旅客機として採算ラインに乗るシロモノではありませんでした。極端な高速化の代償として座席数が限られており、収入が少なかったのです。それを補うための高額運賃により、乗客は付きませんでした。一方で、高速飛行のためのコストは莫大で、しかも原油高が追い討ちをかけました。さらにメンテナンスの大変さなどの点でも高コストで、採算どころか「操業停止点未満」レベルでした。

しかも、ソニックブームのような技術的な問題点もありました。

どう考えても、コンコルドは失敗でした。

それとわかっていながら、コンコルドの開発は続けられました。それまでに投下された資本がまるまるのムダになってしまうことを、開発に携わっていた人たちは良しとすることができませんでした。

こうして、コンコルドは下り坂を転げ落ちていきました。サンクコストを「損切り」できなかった者たちの悲劇を、後の人たちは「コンコルド効果」と名付けました。


こうして見ると、コンコルドとキハ285系は相似形というのがわかると思います。

キハ285系もまた、苗穂と川崎重工の技術が結集され、「鬼神」とさえ称されるキハ283系をもはるかに上回る戦闘力を持っており、某電車バトル同人マンガの世界に放り込んでも無双しかねないという、凄まじい車両でした。

しかし、今のJR北海道は安全への投資をしつつ身の丈にあった経営を目指すため、特急「スーパー北斗」の最高速度を120km/hに、「スーパーおおぞら」の最高速度を110km/hに落としています。つまり、仮にキハ285系がこれらの列車に投入されても、そのスペックのすべてを発揮することはありません。

超高速運転をしない以上、キハ285系は過剰スペックとなってしまいます。それだったら、キハ261系1000番台の方が製造費も走行コストも抑えられるので、曲線通過速度を犠牲にしてもなおトータルコストで勝ります。そう判断されたから、キハ261系の増産が始まったんです。

また、一時期検討されていた「検測車への転用プラン」にも、多額の費用がかかります。そのため、別に検測車を造った方が安く付くのです。そう判断されたから、マヤ35形が製造されたのです。

だったら、検測車には改造せず、旅客車として活用できないのか。臨時北斗やニセコ、フラノラベンダーエクスプレスなど、活かせる機会はあったと思います。でも、JR北海道はそれもしなかった。他の車両の方がコストが安いのでしょう。そう判断されたから、キハ285系は何にも使われなかったんです。

たしかに、キハ285系の開発を中止してしまえば、出来上がった試作車を捨ててしまえば、25億円は何にも生かされません。

しかし、開発を継続しても、25億円が返ってくるわけではありません。試作車を何らか活用しても、やっぱり25億円は返りません。むしろ、損失がさらに増えます。

だからこそ、JR北海道はキハ285系をキッパリ諦めたのです。

過程は全然違うものの、結果として似たような道を辿ったコンコルドとキハ285系。しかし、その顛末は真逆でした。サンクコストを意識から掃き出せず、坂を転げ落ちたコンコルド。キハ285系にキッパリ見切りを付け、再起への道を歩み始めたJR北海道。こう対比すると、キハ285系のほうがよほど救われているのがわかります。

以上より、ボクはキハ285系を潰したJR北海道の判断を全面的に支持します。


ボクは今までの様々な経験・見聞から確信しています。成功するのは、理性的に損得を判断できる人間だと。

間違った前提で損得を勘定する人間は、必ずどこかで破滅すると。

皆さんは、どちらですか?

車種統一のメリット

先ほど、「キハ285系の試作車を活用するより、他の車両を使った方がコストが安い」と、サラッと申し上げました。

「なんで? せっかくの新車だから走って稼いだ方がいいのでは?」「量産されないにしても、古い車両の置き換えに使えばコストが浮くのでは?」こんなことを考えた方、たくさんいると思います。

なんで、せっかくの新車を廃車にしてでも、他の車両を使った方がコストが安いと言えるのか。サラッと触れた割にはけっこう重要なお話なので、ここでゆっくり取り上げます。


というわけでまたしても喩え話。あなたはとある会社の事務員です。髪の色は緑かもしれないし違う色かもしれません。もしかしたら変なシュミがある人かもしれません。

オフィスには、キャノンのプリンタと、エプソンのプリンタと、富士ゼロックスのプリンタが一つずつあります。ちなみに、いずれも機能はほぼ同じで、外部の会社には保守を外注していません。

ある日、3台のプリンタが一斉に壊れました。あなたはこれら3台を直さなきゃいけません。

でも、3台ともメーカーが違うので、直す手順も違います。あなたは必死で頑張りますが、説明書3冊を読むのに時間がかかり、手順も違うので作業をルーチン化できず、なおさら時間がかかってしまいました。

もし、3台とも同じ会社の同じ機種だったら、こんな苦労はしなくて済んだでしょうに……。

――要するに、そういうことです。

鉄道車両というのは、ふつう同じ車種を大量投入します。違う車種を入れたり、同じ車種でも違う製造会社から納入したりする場合でも、できるだけ機器などの構成を統一します。メンテナンスが楽だからです。

そこへ行くと、キハ285系は超・少数派の車両であり、なおかつハイブリッド車体傾斜やモーターアシストハイブリッド動力という特殊なシステムを搭載しているので、メンテナンスのしやすさについて言えば最悪レベルと言っていいでしょう。

特殊構造であっても、当初の計画通りに量産されていれば、メンテの難しさという欠点も薄めることができたでしょう。しかしながら、開発を中止した以上は少数派になることは確定なので、キハ285系はもはや現場にとっての厄介者にしかなりません。

なお、これはどの鉄道会社にしてみても同じことですので、キハ285系を引き取りたいなどという会社は現れようもありません。現れたとしたらその会社の将来を案ずるべきです。

メンテの手間が増えて、現場の余裕がなくなれば、またあの時のような重大インシデントにも繋がりかねません。そうなれば、損失何億という次元を通り越して、会社存亡の危機にまでなってしまいます。

よって、キハ285系を旅客列車として活用すると、メンテナンスの点で大きなデメリットとなり、結局大損となります。

それゆえ、キハ285系が重機の餌食となり、それを横目にまとまった数が在籍している車両が定期運用をこなし、キハ283系やキハ183系が波動輸送を行っているのです。(クリスタルエクスプレス・ノースレインボーエクスプレスも少数派ですが、キハ183系がベースになっている点でキハ285系とは根本的に異なります。)

余計な出費を抑えるためにキハ285系が犠牲となり、その上に北海道の希望ある未来が待っているなら、何も悪いことではありません。


「車種統一」の話のついでに、本題からは外れますが少々。

ここまでの話を応用すれば、こんなことも言えるのです。

785系の廃車も、それと同じことだ」と。

――特急「スーパー白鳥」が運行を終え、789系基本番台は特急「ライラック」に転用されました。これによって、785系NE-1~5編成・NE-303ユニット(バッタ)の計27両が廃車されました。

このうち、平成14年製のuシート車と、8年間休車となっていたNE-303ユニットは、経年的にはまだ働けるレベルです。ネットではこれらの車両の活用を期待する意見が散見され、空想めいたプランがいくつか流布されていました。

でも、活用されなかった。

結局、これもキハ285系と同じことなんです。

仮にこれらの車両を何らか活用しても、少数の形式となってしまい、メンテの面で不利です。

まして789系と混結なんて考えられません。経年も座席定員も車輪径も構体構造も違う車両を混ぜても、何のメリットもありません。

NE-303ユニットがスーパー白鳥に充てられたのは、あくまで新幹線開業を見据えた短期間の「つなぎ役」としてです。そういう特殊事情がない限り、車種統一の方がメリットになるはずです。

であれば、素直に789系を増備するのが得策です。普通列車転用にしても733系あるいはH100形を作った方が結果として安上がりになるはずです。

おそらくは残存する785系2編成も、789系増備によって全車置き換えられるでしょう(この際、余剰となっている789系HE-301・302ユニットの活用はじゅうぶんにあり得ます)。それもまた運命。

さらに言えば、平成15年製の721系8次車もまた、同じような運命をたどるでしょう。

現在は6・7次車以前の車両にサンドイッチされる形で3・6両編成を組んで走っていますが、遅くとも6・7次車が限界を迎えるであろう2029年ごろには、編成ごと引退を迎えるでしょう。

この車両をどうにかして活用するよりも、733系もしくは新形式の電車を作った方がよっぽど楽です。


こんな風に考えれば、今JR北海道がやっていることもよく理解できると思います。

車種統一によってコストが下がれば、必要な路線の維持も少しは楽になります。また、メンテの現場の負担が減れば、それだけ安全性向上に繋がります。

納得していただけたでしょうか。異論があれば是非お寄せください。

今回はキハ285系の廃車というトンデモニュースを切り口に、いろいろ解説を試みてみました。いかがでしたか。

この記事が今後の鉄道議論の助けになるならば、せめてもの弔いになってくれるかな。ちょっとそんな思いがあったりなかったり。

いやぁ、でも一回くらいは体験試乗してみたかったかな。そのくらいは工場内でやってくれてもよかったのに……。

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