サイト開設3周年を迎えて - ゲニウス(北)の北海鉄旅いいじゃないか
「ゲニウス(北)の北海鉄旅いいじゃないか」

……ゲニウス(北)がお送りする、北海道を中心とした旅行・鉄道情報サイトです。

  1. トップページ >
  2. 独り言 >
  3. 平成29年8月29日

サイト開設3周年を迎えて(平成29年8月29日)

本日8月29日をもって、当サイトは前身サイト開設から通算して3周年を迎えました。

本日は3周年記念記事として、当サイトのこれまでを振り返ったうえで、今後の展望などについてだらだらお話ししてまいります。

1周年~3周年の振り返り

まずは3年間を振り返って……と言いたいところですが、前身サイト開設から1周年までは1周年記事にまとめているので、その部分は省略しまして、それ以降の2年間を振り返ってまいります。

平成27年秋~平成28年初頭

図1:前身サイト1周年当時のトップページ(再現)

1周年を過ぎてすぐは、その直前の旅行「道東横断~グルメ時代を旅する~」の制作に集中していました。

とくに動画を1週間に1本以上制作していたので、その間はサイト更新のペースが落ちており、更新負担の少ないコーナーしか手を付けられていない状態になっていました。

動画完結後にサイト更新のペースが戻る……となればよかったのですが、10月から12月にかけて2か月近く更新がストップしてしまいました。その後も汲々とした足取りで、旅行記文章版の制作もなかなか進みませんでした。今更ながら本当に申し訳ない……。

この時は、「動画を上げながら文章版の旅行記を同時並行で作る気力が湧かない」「文章版を後回しにしたせいで、まとまった文章を基にして動画を作ることができないうえ、文章版を書くころには旅行の記憶が薄れている」という踏んだり蹴ったりな状態になってしまいました。動画制作終了後もサイト更新が進まなかった理由の一つにこれがあります。この教訓から、現在制作中の旅行記では文章版を優先して作っています。

動画が完結した後もサイト更新が止まっていたもう一つの理由が、この頃リアルでやる事が増えたため時間と気力を割けなくなった、というものです。まだサイトを作り始めて1年かそこらとあって、サイトを更新しながら気力を保つというのがまだ完全にはできていない状態でしたから、こうして長期間サイト更新が止まってしまうことがまだありました。

平成28年春~初夏

年が明けて平成29年2月上旬、インフルエンザに倒れました。ところが症状は熱しかなく、頭と体はすこぶる元気でした。今だ、とばかりに旅行記文章版を一気に書き上げ、更新ペースもグッと上げていきました。

3月にかけては、1周年以前に開始していた連載記事「北海道新幹線迷開業事」を更新していきました。新幹線開業までに終わらせるべく、3月はこれに集中していました。言いたいことはそれなりに言えた連載でしたが、ボクの意図した効果は上がっていないなあ、と昨今の鉄道論議や政治事情などを見て思います。

この時期からは就職活動とも並行してのサイト運営となりました。就活はモチベーション管理に失敗して、戦略も失敗して……とあまり思い出したくない有様だったので、そっちは触れない方向で。サイト運営という趣味がなかったら心がボッキリ逝っていたかもわかりません。「サイトなんかにかまけているから……」という意見もあるかもしれませんが、サイトやってなかったらどうだったか、なんてわかりませんのでこれも触れない方向で。

で、その割にはあちこち遊びに行っていました。これは大学生のうちに行きたいところに行っておきたかったというだけでなく、就活からの逃げという意味もありました。先述の旅行「道東横断」で、初日の宿でマスターさんと雑談しているときに、「この間『就活なんかもうやってられんわぁ!』って言って旅行してる就活中の人が泊まりに来てたなあ」なんて話を聞きましたが、その1年後に自分がその状態になったわけです。

散々な目に遭った就活でしたが、その間は意外なほどサイト更新は滞りませんでした。やっぱり心の支えになっていたというのはあったと思います。

サイト再編前後

図2:サイト再編直前のトップページ(再現)

就活で失敗が続き、煮詰まっていた時に、突如頭の中に降って湧いたサイト再編計画案。失敗した時、脳のシナプスは意外な方向につながっていくことがありますが、サイト再編はまさにそんな感じの「突然変異的発生」だったのです。

(内定が取れれば)翌年には社会人ということで、再編するとしたら時間がある今年だ、と考えたボクは、即刻行動を始めました。早くに再編を行うために、内容を作るのはある程度後回しにして、骨組みだけでもさっさと作ることにしました。その結果が、現在の「1コーナー未オープン、2コーナー仮オープン、姉妹サイトは更新停止」という有様です。

この後は就活が本格化していった上、サイト再編の準備も始まったので、更新ペースは再びガタッと落ちました。まあ当然ですね。

8月29日に、サイト開設2周年に合わせる形でサイト再編が実現。この頃には就活も若干ながら余裕があり(とりあえず路頭に迷う可能性だけは無くなっていた)、「北の特急(+α)図鑑」の函館方面の記事は開設までに間に合いました。本当は快速エアポートの記事も間に合わせるつもりでしたが、そんな余裕は流石にありませんでした。

ただ、29日に用事がぶつかってしまった影響もあり、サイト再編直後は旧URLからのリダイレクトを張れていないという異常事態の中でのオープンとなってしまいました。案の定、開設直後のアクセス数は悲惨なことになっていました。インガオホー!

その後、緊急でリダイレクト工事を行った後、内容を充実させるために更新に精を出していきました。しかし、徐々に更新ペースは鈍化。9月で就活を切り上げた影響で「燃え尽き症候群」を発症してしまったうえ、さらなるサイト改良計画やコーナー開設なども視野に入れて動かなければならなかったことから、余裕がまったくない状況になってしまいました……というか、このサイトは自分の好きなようにやっているんですから、「自分で自分を追い込んだ」と言った方が正しいですかね。

そうは言っても、そもそもがそれまでの10倍以上に内容を増やすという計画な上、「就職までにサイト改良の工事をできるだけ終わらせる」という目論見もあったので、サイト更新の負担が増えるのは当たり前です。

それ以上に問題なのが、こんな状態なのに動画制作の予定を無計画にぶち上げ、ネット活動の負担を自ら増やしてしまったボクの無鉄砲さでした。動画制作が予定より大幅に遅れ、手を広げすぎたせいで当サイトの更新まで遅れだす、という最悪の事態になってしまいました。それは現在でも改善していません……。

それでも何とかサイトの内容を徐々に増やしていき、だんだんと見れるサイトにはなりつつあります。

平成28年秋~平成29年初頭

サイト再編からしばらくは、翌年以降のことを考えて、サイト再編のアラの手直し、サイト改良、文章の推敲・校正など手間のかかることを優先的に行いました。

この時期は燃え尽き症候群と闘いながらの更新で、精神的に折れかける場面もありましたが、更新は止めることなくできました。

こういう作業を先にやっておいたおかげで、現在は新しい記事を作るのに集中できる環境になっています。この時の貯金が無かったら、もっと大変なことになっていたと思うと、根気よく更新しておいてよかったなあ、と。

ただし、最も手間がかかるレスポンシブデザイン化と画像ファイル軽量化は、この年度のうちには終わりませんでした。これをこの時期に終わらせることができていればなお良かったのですが……。

それと並行して、JR北海道の「持続可能な交通体系」づくり問題に関連して、いくつか記事を出していました。その記事でも出しましたが、ちゃんと議論をして事を進めなければならないところ、鉄道の性質や地域特性すらわきまえず、屁理屈ばかりを述べるという人ばかりだという実感があり、問題を解決するためのプロジェクトには参加できないまでも、せめて議論のたたき台だけは作りたいという思いがありました。

また、鉄道関連のマスコミ報道で不合理極まりないものが散見されたため、それに対する批判記事も出しました。

他サイト様でも、これらの問題に関する主張記事を出しておられ、ようやくインターネットという世界が「理性なき権力に異議を唱える草の根のための場所」として機能し始めたと感じています。「偽2ch騒動」は空騒ぎに終わってしまいましたが、今回のJR北海道問題はリアルの地域課題ですから、そういうわけにはいきません。もちろん実際の行動もしていく必要がありますが、それと並行して議論もしていくことが大切で、今後何らかの形でネットで議論の輪を作っていくというのも視野に入れています。

このように、手間のかかる作業と時事ネタを中心に取り組んでいたので、この時期はメインコーナーの記事をあまり増やすことができませんでした。

平成29年春~現在

今年3月には大型旅行を行いました。その準備にかなり時間がかかってしまったので、2月は更新がゆっくりペースになりました。

当然ながら、旅行の準備が佳境に入った2月末から、旅行が終わってサイト更新再開の準備ができた3月中旬までは、更新がストップしました。

4月は「北の特急(+α)図鑑」を優先して手を入れました。ゴールデンウィークまでに道内主要特急のデータを出しておきたいという考えがありました。とりあえず、「すずらん」を除いて輸送密度2000以上の区間の特急は網羅できました。

5月からは旅行記に着手しましたが、6月に行ったレスポンシブデザイン化工事により旅行記制作に遅れが出ました。

さらにその後、リアル面での環境の変化に適応できず、人生トップクラスで精神的に辛い状態が8月中旬くらいまで続きました。現在はやや改善しましたが、それでも予断を許さない状況です。この影響で、さらに旅行記執筆の遅れが増えました。当初の予定では7月までに完結させて8月から動画制作に着手する予定でしたが……。

そんな中でも、半月以上更新がストップすることはなく、ある程度は更新ペースを維持できています。これは、以前とはサイト運営の情熱が違うというのが最大の要因です。北海道の鉄道にもっと光を当てたい、もっと応援したい、そんな思いが現在のサイトには詰まっています。もし、サイト更新の負担を増やさないことだけを考えて、サイト再編計画をボツにしていたら、逆にボクはサイトづくりに情熱が持てず、サイトをたたんでいたかもしれません。

JRが多客期を迎える7月以降は、「北の特急(+α)図鑑」を中心にアクセス数が大きく伸びており、現在に至るまで連日200アクセス超(同じ人が時間を置いて再アクセスした数を含む)という状態が続いています。200台後半を記録する日も多いです。皆様のご愛顧を賜りまして、感謝の言葉もありません。

「北の特急(+α)図鑑」で公開済みの記事が、特急列車の名前でグーグル検索をかけるとかなりの高順位でヒットするようになってきたのが、大きな要因です。すでにグーグルは当サイトを鉄道情報サイトと認識してくれているようで、嬉しい限りです。期待に応えるためにも、まずは旅行記を仕上げて、旅行記以外のコーナーの更新も加速したいところ。

サイト再編にかけた思い

続いて、1年前に「語る」と言ってそれきり忘れていた、サイト再編の目論見とか意気込みとか、そういう話をいたします。

JR北海道の都市間列車網へのエール

言うまでもなく、現サイトはJR北海道の特急列車などの都市間列車を露骨にプッシュしています。

無論、単純にそれらの列車が好きだというのがその最大の理由です。もともと北海道の昼行特急が好きで、しかも近年では旅行記でちらっと話したように「ローカル快速フェチ」を発症し、「きたみ」「なよろ」「ノサップ」など都市間快速も好きになっていました。

それに加え、彼ら都市間列車を維持・強化することが、今後のJR北海道の最大の使命だと考えているので、そうした列車の利用が伸びてほしい、という思いもあります。

なぜかメディアは都市と都市を結ぶ役割すら持てない空気輸送の普通列車ばかりピックアップしがちですが、それはおかしな話です。むしろ都市間列車こそ、今まで以上に注目・検討をしていかなければならないはずです。

輸送密度が小さくても、地域間の高速輸送機関としての役割があれば、その地域、そして北海道全体を形づくる広域交通網の一角として、それらの路線は活躍してくれるでしょう。さらに、成長産業である観光のさらなる発展にも資するでしょう(後述)。しかし、それがなければ鉄道にとって苦手な少量輸送を行う不合理な路線でしかありません。

「新しい観光」への期待

旅行関連のコーナーも制作予定ですが、そちらのテーマは「新しい観光」です。

自宅近くからツアーバスに乗り込み、ただ添乗員に着いていき、頭を使わず名物を適当に見て、宿で騒いで、バスの車内で寝る、という古い観光では、何も生まれません。旅行者は旅行を明日に生かすことができず、いたずらに旅行代理店ばかりが儲かって地域にはお金が落ちず、無駄にゴミだけが増えていき環境負荷が増える。だったら家でゲームでもしていた方がマシです。

今後発展すべきなのは、旅から学ぶ姿勢と、旅で使ったお金が旅先の地域に循環するシステムと、地域の魅力を最大限まで引き出す工夫という要素からなる「新しい観光」です。近年話題の「エコツーリズム」や「体験型観光」はその一例ですが、それをさらに発展させていきたいのです。

何だ観光なんて、そんなことにうつつを抜かしていないで……なんて言われそうですが、それは違います。外国人旅行客の増加により、それまでは道楽としか見られていなかった観光が、むしろ成長産業として期待されているのです。

北海道も観光資源が多い地域で、それを生かせばもっと元気な島になってくれる、とボクは信じています。

さらに、旅を通じて学ぶ、ということを多くの国民が行うようになれば、きっとわが国の文化力も上がっていくでしょう。戦後70年にわたって完全に停滞していた文化の発展が再び始まれば、韓国・中国・ロシアの文化圏を押し返して領土問題を……という冗談はさておき、今後の健全な国の発展には確実につながるでしょう。

「特急を活用した観光」の提案

そうした「新しい観光」を、JR北海道の特急列車を使ってやってほしい。それがボクの願いです。

いくら観光客が増えても、全員が千歳のレンタカーに群がっては、渋滞や環境負荷のせいでせっかくの儲けがパーになってしまいます。

となれば、大量・高速輸送機関たるJR特急の出番です。先ほどもチラッと述べましたが、観光客が都市と都市との間を移動するための交通機関として鉄道が機能すれば、北海道は豊かになります。

今申し上げた渋滞・環境の問題だけではありません。慣れない土地で観光客が長距離の車移動を行えば、事故のもとになります。特に北海道は気が遠くなるほど長いストレートでの速度の出しすぎや居眠り、冬季の路面凍結など、事故が多くなる要因の多い地域ですから、観光客の命を守るために、安全性の高い鉄道の力が必要です。

加えて、べらぼうに速く、自分で運転する必要のない特急列車を活用することで、時間・体力を温存できます。そうなれば観光客はより多くの観光、すなわち経済活動ができるようになり、ひいては北海道の経済活性化に結び付くでしょう。

今後のJR特急の最大の存在意義は、この観光輸送になるとボクは考えています。それゆえ、当サイトでは特急とレンタカー、あるいは特急と地元バスツアーを組み合わせた観光を提案していく予定です。


団体旅行についても、より鉄道を活用する仕組みが必要だと考えています。

さらに、バス運転手の不足が問題視される中で、ツアーバスの長距離運用を減らし、労働集約性がバスより低い鉄道が観光客を運ぶようにすれば、バス運転手の不足という問題があっても観光客を呼び込め、過労が原因のバス事故も減るでしょう。

バスツアーに鉄道を組み込む流れは、できつつあります。しかし、ほとんどはなぜか客が極端に少ない路線に短区間乗車するだけで、バスの走行距離は変わらないし、鉄道の強みを生かせていないしでロクなことがありません。ボクはこうしたバスツアーを「ちょい乗りテロ」と呼んでいますが、これが持て囃されているもんですから憤りを感じます。ひどいものでは、自由席車両にツアー客が大挙し、個人旅行者や地元利用者の席がなくなるどころか、列車が超満員になるなどトラブルの引き金になっています。これは絶対にいけません。

こういった浅ましい利用方法ではなく、長距離移動で鉄道を活用し、それ以外で小回りが利くバスを使う、というようなやり方が必要です。鉄道は団体利用、バスは地元会社の車両を使えば、さして大きな問題もないでしょう。

忙しくなる前に骨組みだけでも……

こんな遠大な構想を持っている当サイトですが、まあ現状はヒドイですよね。先ほども少しお話ししましたが、こんな見切り発車じみたサイト再編をやったのは、ボクの時間的余裕の問題です。

時間に余裕のある大学4年のうちに、時間のかかるサイト再編をやっておいて、内容は後から補充していく、という目論見で事を進めたのです。

このせいで骨組みだけで内容がスッカスカのサイトになってしまいましたが、内容強化は5年または10年の計画で進める予定なので、気長にお待ちください。とくに最も大きなプロジェクトである「北の大地のHEATな旅路」はオープンも遅くなり、更新ペースもかなり遅くなるかと思いますが、10年後には当サイトの主力となってくれるはずですので、キリンになってお待ちください。

今後の展望

ここまでは過去の話ですが、この先は未来の話に移ります。過去にこだわる輩はいかんぜよ。

旅行記を全力で何とかします!

まず現在制作中の旅行記ですが、もちろん全力で執筆中で、今後も最優先で取り組みます。

こんな記事書いてないで旅行記はよ、とか言われそうですが、3周年なんでお許しを。もちろん今すぐ旅行記執筆を再開しますよ。

とりあえず執筆中の旅行記は9月上旬に完結させられそうです。遅れたとしても、絶対に9月中に終わらせます。

その後、動画版制作や整備なども含めて、今年度中にすべてを終わらせたいと考えています。計画どおり行っても旅行から丸一年ですよ、長い戦いです……。

余裕ができたら、他コーナーにも手を加えていきたいですが、とにもかくにも旅行です。書き終えなければ次の旅行に行けません。

「駅の表情」コーナーの廃止および新コーナー設置の計画について

現在仮オープンの状態で放置している「駅の表情」コーナーですが、廃止しようかと考えています。これとセットで、新しいコーナーを立ち上げる計画を検討しています。

新コーナーでは、これまであまり取り扱ってこなかった、札幌とその近郊の鉄道について深く掘り下げようと考えています。

「駅の表情」は、札幌近郊と特急停車駅を中心に各駅の構造・店舗・駅前などの情報を掲載し、列車の利用者に役立ててほしいという目論見をもって建てたコーナーです。

ですが、正直な話をすると駅にはあまり興味がないので、更新の意欲が湧きません。また、数年ごとに情報を更新すべく大規模な取材を行うことが必要となるため、現状ではボクが単独で維持できるコーナーではない状況です。

一方で、最近は札幌エリアの近郊列車網に非常に関心があり、先述の特急列車同様に、自分が好きな列車を取り上げたい、取り上げることを通して応援したい、という気持ちが強くなってきました。

先日公開した記事「『電車』が好きだ。」を書いたことで、自分のやりたいことが明確になりまして、この計画が持ち上がりました。

今後、具体的なコーナーの内容などを決定し、計画を実行に移すかどうかの検討を行います。実行する場合、「駅の表情」廃止および新コーナーオープンは来年以降になります。

なお現在の計画では、「駅の表情」で公開している硬券入場券情報は、コーナー廃止に伴い「乗り鉄な旅行記」に移転することとしています。また、現在「北の特急(+α)図鑑」にて公開している快速エアポートの情報は、新コーナーに移転する計画です。


余談ですが、「北の特急(+α)図鑑」の「+α」とは快速列車を指していて、これは「きたみ」などのローカル都市間快速を扱うという意味と、札幌近郊の列車も多少扱うという意味の二つがあります。

実はサイト再編時点で既に「札幌近郊の鉄道の話題も取り上げたい」という思いが多少あって、都市間列車網の一部という扱いにして「北の特急(+α)図鑑」で取り上げることにしました。それで、エアポートやいしかりライナーがコーナー目次に入っているのです。

じゃあなんで最初から札幌の話をするコーナーを作らなかったかというと、当サイトの理念の一つに「札幌以外の北海道を特集するサイトにする」という考え方があったからです。でもやっぱりボク、札幌が好きなんです。札幌の鉄道も好きなんです。じゃあやればいいじゃん、ということで今回方針転換を考えた次第です。

というわけで、新コーナーが実現した場合、当サイトでは唯一札幌の話をメインにするコーナーとなります。もちろん、それ以外のコーナーでは今後も引き続き札幌の外の話をどんどん取り入れます。

当面はすでにオープンしたコーナーを強化していきます

旅行記制作が一段落した後は他コーナーの手入れ・強化も積極的にやっていく予定ですが、一点だけ方針転換があります。

昨年時点ではまだオープンしていないコーナーのオープンを予定していると申し上げましたが、やっぱりすでにオープンしたコーナーを先に強化していきます。なので「北の大地のHEATな旅路」のオープンや、前述の新コーナーの計画は後回しになるかと思います。

理由としては二点。第一に、中途半端な状態のサイトを6つ置くよりは、1つでもいいからある程度見られるレベルのコーナーを用意しておきたいというのがあります。広いネットの海では、薄く広いサイトより、濃く狭いサイトの方が有用でしょう。現実に、特定地域の特急列車を集中して取り扱っている「北の特急(+α)図鑑」コーナーや、「素人流・鉄道観察」でのコアな鉄道トークが好評をいただいているわけですからね。

第二に、当面は鉄道関連のコーナーに集中したいからです。最近はずっとそういう気分なので、それに従ってやりたいこと優先でやっていった方が、効率は上がるはずです。

ただし、気分や状況などを見て、また計画を変える可能性はあります。「またかよ~」と半笑いになりつつ温かく見守ってくだされ。

せっかくの3周年記念日なのに「北からの飛来物」に出鼻をくじかれるとは思いもしませんでしたが、ともあれ区切りの一日でございました。

前身サイトを開設した頃は、3年も続けることができるのか、正直なところ自信はありませんでした。

3年という長い期間にわたって、手作りのサイトという手間がかかるものを続けてこられたのは、鉄道趣味やサイト運営を楽しんでいるから、というのもありますが、一番は当サイトの愛読者様や、動画の視聴者様のおかげだと思っています。本当にありがとうございます。

当サイトは死ぬまで続けるつもりではおりますが、とりあえず次は5周年目指して(無理しない範囲で)頑張っていきたいと思います。是非今後ともご贔屓くださいませ。

「独り言」のトップに戻る

当サイトトップページに戻る